第2話 挑戦の森
二人で村の北にある森に向かっている最中にカリーナが口を開いた。
「思ったのだがな。なんで、デルフはそんなにグドルさんを嫌っているのだ?」
なぜそう思ったのかとデルフは疑問を感じたがどうやらしかめた顔が見えていたらしい。
すぐ戻したつもりだったがあくまで”つもり”だった。
(まぁ、聞かれたからには答えてもいいか)
別に聞かれても困ることでもないしそもそもデルフがグドルを嫌いなわけでもない。
デルフは誤解を解くために説明をすることにした。
ちなみにグドルはデルフの父の名前だ。
デルフが生まれて育った村はカルスト村と言って人口は百人を超えており村にしては多い方だ。
カルスト村はデストリーネ王国の東側の最端にある村だ。
そのさらに東にはどの国にも属されていない草原を跨いでジャリムという大国がある。
デストリーネとジャリムは仲が悪く敵対している。
デストリーネは村の東側のその草原に砦を築きジャリムの行動に睨みをきかせている状態が続いている。
実質その草原はデストリーネ王国が所有していると言ってもいい。
その砦の中の兵の一人にグドルがいる。
グドルは村で一番強く、その強さは王国の中でも比類を見ないものである。
正直グドルは騎士にも引けをとらない実力を持っているだろう。
ただ、王国の騎士団ではないからと言う理由で農民兵隊長という農民兵の中だけでは頂点の地位についている。
それでも地位的には騎士には劣ってしまう。
そのため騎士には頭が上がらない状態が続いている。
だからといって兵の中でそれ以上の地位に就くのはまず不可能だ。
なぜならそれは王国の貴族にしか就けないからである。
しかし騎士と兵隊はまた違う部類で騎士にはなろうと思えば実力次第でなることができると聞いたことがあるが詳しいことまでは知らない。
話は戻りデルフが父のことを苦手にしている理由だがまだその前に話さなければならないことがある。
まず、人は生まれたときに身体のどこかに印が浮かび出ていることがある。
それは本当に稀であり噂であると思われているほどに。
その印は特別な力が宿っているとされその印のある人間は人智を越えた能力が使えるようになるという。
現に印持ちが英雄になったという英雄譚が語り継がれている。
小さい頃、デルフは母のサスティーから就寝前などの昔話で聞かされたことがあり少しうろ覚えだが記憶に残っている。
そして、その印であると思われるのが生まれつきデルフの右手の甲にある。
赤色で円を真二つに割るように縦線を引いた簡単な印だ。
だが、デルフがその力を使えるかというとそうではない。
むしろ、それがグドルを苦手としている理由だ。
何度も能力を使おうと思ったが使えた試しが一度もなかったのだ。
何が足りないのかデルフは自分で考え調べてみたらある事実に辿り着く。
それはデルフには魔力がなかったということだ。
一般的に人間には魔力が誰にでも宿っている。
魔力の大小は個人差によるがデルフには一切宿ってなかった。
恐らく印に宿っている能力を行使するのには魔力が必要だったのだろう。
それしか考えられない。
その結論に至ったデルフは目の前が暗くなった。
まず、思ったのが使うこともできない力を持っているなんて宝の持ち腐れだということだ。
そのことがたまらなく恥ずかしくなった。
今でも印持ちだと気づかれたくなく印のある手を隠すため手袋をしているほどだ。
父や母は慰めてくれたがデルフにはそれが圧力に感じた。
実際は本心で慰めてくれたと思うがデルフの消極的な感情がそう思わせてしまう。
さらには父さんの息子だから剣の腕は周りの中では強いだろうと考えていたデルフだが人並以下だった。
とても村一番の実力を持つグドルの息子だと思えないほど弱かったのだ。
何をしても父と比較され、いつしか周りからの目線に嘲笑が宿っていると感じてしまうようになった。
そのことが耐えられなくなりデルフは剣の腕を磨くことはしなくなってしまった。
父が強いことはデルフにとって自慢であるがそれと比べられるのはたまらなく嫌だったのだ。
あのときデルフが顔をしかめてしまったのはこの嫌な記憶が蘇ってしまったから。
それに加えて父が帰ってきたことによりまた比べられると思うのも要因の一つだ。
このことをデルフは手短に話すと、「ほう、デルフは印持ちであったのか」と驚いていた。
そもそもデルフからすれば今まで同じ村で共に過ごしてきたカリーナが知らなかったの方が驚きだが。
そして、カリーナはにこやかな顔をこちらに向けてきた。
(あぁこれは嫌な予感がする)
カリーナは幼馴染みであるためなんと言おうとしているかはデルフには何となく予想は付く。
(流石に内容までは分からないがろくな事ではないことは確かだ)
そう訴えてくる。
これは話を変えるべきだと直感が働き口を開けようとする。
「あ、カリーナそういえーー」
「そういうことなら私がお前を鍛えてやるぞ!!」
デルフはその声量に言葉をかき消されてしまう。
(うん、押し切られた。だが、これで諦める僕ではない。きっぱりと断ることは大切だ)
もう一度、デルフは断る旨を伝えようとする。
「カ、カリーナそういうーー」
「ふっふっふ、私に任せておけ。すぐにお前を強くしてやる!」
またも押し切られてしまった。
(いや、もうこいつ僕のこと見えてないんじゃないか?)
そう思ったがカリーナの視線はしっかりとデルフを捕らえていた。
カリーナに勢いで勝てる気がしない。
そもそもやる気になったカリーナを止めるのは不可能だ。
飽きるまで待つしかないだろう。
デルフは不満を口には出さず思い切り溜め息に込めて思い切り吐いた。
カリーナはそのことに全く気付かずデルフの前を鼻歌交じりに楽しそうな表情で歩いている。
そう話しているうちに目的の森が見えてきた。
この森はカルスト村の北方にあり、歩いて一時間程度の距離だ。
広大な範囲が木で覆われており、数々の生物が生息している。
その中には凶暴な生物も生息している。
これらの凶暴な生物は通称を
デルフは見たこともなかったがその強さは知っていた。
なぜなら森にこの捕食者を倒そうと稀に傭兵や冒険者などが訪れるからだ。
そのため、この森は挑戦の森と呼ばれている。
だが、森の奥深くまで行って帰ってきたものは僅かだ。
それほどにこの森は危険なのだ。
村の中では奥深くに近づこうとする者など誰一人いない。
捕食者が森から出てくる可能性が危惧された事があったが、
なぜか一度も出てきたことはなかった。
王国の騎士達は捕食者に対しては何も行動を起こしていない。
触らぬ神に祟りなしと言うことだろう。
デストリーネ王国は元より他の王国でも動物の危険度を一〜十三の範囲で定められている。
ちなみに犯罪者の罪の大きさもこの十三段階に分けられている。
危険度が定められる基準は大きさ、特徴、殺傷能力などによって定められる。
そして、挑戦の森から帰ってきた者の情報から捕食者の危険度を最低で五〜六と定めた。
この危険度は強さからすると王国の騎士が複数人で戦ってようやく勝てるほどの強さである。
実力的には騎士と互角以上であるグドルでも一人で狩るのは難しいだろう。
だが、今回狩るイノシシの危険度は一であり一般人でも倒せる強さだ。
だからといって油断してはいけない。
危険度が一の中でも十分に強いため一の上と言えば分かり易いだろうか。
そのイノシシはデルフにとって十分強く油断ができない動物である。
森の中を探索しながら歩いているとサッとカリーナが突然近くの茂みに身を隠した。
早くこっちに来いと手招きをしている。
それに従ってその茂みに素早く移動し腰を下ろして隠れると三十メートルほど先の木の根元の近くにイノシシ一頭がいた。
少し顔を上げて様子を見てみると木の根元を鼻でフガフガと匂いを嗅いでいた。
多分だが餌を探しているのだろう。
挑戦の森にいるイノシシはデルフの知る限り一種類だけだ。
大きさは大人の男性の腰ぐらいに届くぐらいでかなり大きい。
そして、鼻が円錐状で真っ直ぐに伸びきっており先端はもちろん尖っている。
その鼻の長さは大人の腕よりも少し短いぐらいだがそれでも物凄く長い。
この特徴からこのイノシシは槍ボアと呼ばれている。
横を見るとカリーナがうーむと唸るように考えていた。
だが、すぐに表情が明るくなりデルフに笑みを向けてくる。
「よし、デルフ。私が一頭倒してやるからもう一頭を探しそれはお前が一人で倒してみろ。合計二頭を持って帰るぞ!!」
「これは修行だ」と笑いながら提案してきた。
結局一人で狩るのかと思いつつも倒せない相手ではないので渋々承諾した。
「フッフッフ。まずは、私の戦いを見ておけ」
自信満々にそう言うと同時に地を蹴り茂みから強く飛び出し一直線に槍ボア目掛けて飛び出した。
蹴った地面は深く抉られておりカリーナがどれくらいの勢いで飛び出していったか一目瞭然だ。
まるで低空飛行しているかのように最初に地面を蹴ったきり地に足が着くことがなかった。
そのスピードは全く衰えることを知らずにカリーナは槍ボアに迫っていく。
みるみる迫ってくるカリーナの殺気に気付いたのか音に気付いたのか。
はたまたその両方なのか。
それを知る由もないが槍ボアは迫ってくるカリーナに気付いた。
そして、槍ボアは目が鋭くなり敵意を剥き出しにしてカリーナ目掛けて突進を始めた。
槍ボアの鼻はとても鋭くまともに腹部に受ければ背中までは容易に貫いてくるだろう。
そのため殺傷能力に関して言えば文句はない。
しかしなぜ危険度が一なのかは知能が低く単調な攻撃しかしないため狩るのが簡単だからだ。
そもそも槍ボアは敵対心が薄く自分からは攻撃を仕掛けない。
仕掛けるときは防衛時のみだけだ。
槍ボアが迫ってくるカリーナに気付いたときは不意打ちが失敗したと思い焦ったがその心配の必要はなかった。
そもそもカリーナが不意打ちをしようとしたのかは不明だが。
(思い返してみればあれは不意打ちではないな)
デルフは一人で納得し苦笑いをして呆れた表情になる。
一瞬のうちにカリーナと槍ボアの距離の差が僅かになり衝突寸前になった。
そのときカリーナは右手を後方に突き出し、その右手の拳を中心に周りに光が灯った。
その光が眩しくて思わず目を閉じてしまう。
「
叫ぶカリーナの声が森の中に響いた。
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