騒乱のデストリーネ

如月ゾナ

第1章 カルスト村の悲劇

第1話 苛烈な目覚め


 薄暗い道。

 

 月夜の明かりが木に遮られまばらに光が漏れている。

 

 その光量もかすかで視界が悪くすぐ手前しか見えない。

 

 すぐ横からは水が流れる轟音がする。

 

 視線を動かし見てみると先日に雨が降っていたのか流れの速くなった川があった。


 道を走る一つの影。

 その影に続くように背後から多数の殺意が追いかけてくる。


(足音を聞くかぎり五人程度か。しかし、追いかけてくる影の中の一人に異様な気配を感じる。間違いなく相当な手練れ。魔力が空に近い今の私では万が一にも勝つことはないのう)


 自分の直感を信じて初手から逃げの一手で動くことに決めた。

 だが、追いつかれるのは時間の問題だろう。


 久しぶりに自由になったと思ったが、もう感づいたのか。

 全くあいつらは暇なのか。

 はぁ、とため息をつき愚痴を考えても仕方がないが悪態の一つでもつきたくなる。

 

 あの時の復讐を果たすまでは死ねない。

 精々今の内に仮初めの平和を謳歌しているがいい。


 後ろに視線を動かす。

 また溜め息がでそうになるが無理やり飲み込んですぐ集中する。


(復讐の前にまずはこいつらから逃げ切り身体を休めるところを探すのが先じゃな)


 後ろから追いかけてくる影は更にスピードを上げた。

 

「ちっ」


 まだ相手は余力を残していたことに苛つき自分もスピードを上げるが相手より遅い。

 

 流石に余裕がなくなってきた。

 離していた距離が少しずつ詰められてくる。


(逃げ切るのは……無理じゃな……)


 すぐさま決断し走りながら戦闘態勢に切り替える。

 

 残存している魔力は空に近く戦闘に勝つ可能性も皆無だ。

 

 それでもどんな手を使ってでも必ず生きて見せる。

 拳を握りしめそう決心する。


 そのための策を短時間のうちに頭の中で駆け巡らせる。


(すべて倒すのはまず無理じゃ。あの気味が悪いやつとは間違ってでも相対はしたくない。勝つ自信がこれっぽっちも沸かない。不意打ちを行い混乱させてからその隙に逃げる。言うのは簡単だが混乱を起こすには最低でも一人は殺さないといけないじゃろう。私の魔力が保つかが勝負の分かれ目じゃな)


 失敗してしまったら死んでしまう。

 

 しかし今更、死など怖くはない。

 

 だが、それによって復讐を成すことができなくなるのは死ぬに死にきれない。

 

 あいつもよくわかっている。

 今に封印を解くのは魔力がなくなるまで待っていたのだろう。

 だが少し甘かった。

 

 待つなら完全に魔力が無くなるまで待つべきだった。

 

 その詰めの甘さが命取りになる。

 

 あれからどれくらいの年月が流れたか分からない。

 

 もしすでに死んでいるならばあいつが作り上げた国に災厄を引き起こし滅ぼしてやる。

 

 自分の使命を再認識しスピードを落とさず振り返りそのまま地面を蹴る。

 

 そして、追ってきた者たちは消えない恐怖を刻み込まれた。

 


 

「お……。お……ろ、はや……!」


 耳元に途轍もない大声が響いてくる。

 

 騒がしいな。

 静かにしてくれよ。

 

 そう言おうとしたが二階にある自分の部屋に彼女がいるはずもなく無視を貫くことにした。

 

 邪魔をされたがもう一眠りつくことにする。


「おーーい。デルフ!! 聞こえているかーーーー!!」


 頭に刺さるような爆音が耳元で鳴り響くが必死に無視をする。

 これは夢だと言い聞かせて。


 (ははは、まだ言ってる。しかし、もう僕は決めたんだ。いくら大声で騒がれようと身体を揺すられようと自分の意志を貫くのみ。僕の意志は固いのだ。強固さで言うと岩よりも鉄よりも硬い)


 もはや、完全に目が覚めてしまったがここで起きるのも何か癪なので自分が決めたことを貫くだけだ。 


「いい加減に起きろ!!」


 雷が落ちたかのような大声が鳴り響いた。

 

 そして次の瞬間、僕の横腹あたりに鈍い音が内側まで鳴り響く。


「がっ! ゲホッ! わ、わかった。わかったからその手を下げてくれ」

「ごめん。もう止まらない」


 またも鈍い音が身体を襲う。


「うふふ、やっちゃた。てへ」


 らしくなく可愛こぶっているがそれどころではない。


 呼吸が全くできず苦しむこと数分。

 ようやく落ち着くことができた。

 

 それでも横腹はじんじんと疼いているが。


 目を開くと下ろしている金髪が目に入ってきた。

 

 窓から射している光が髪に当たっているせいか微かな白みを帯びている。

 

 服装は半袖の薄い白色の服に無地の短パンだ。

 

 ちなみに、デルフと同じ十五歳で同い年だ。


 可愛いらしい笑顔を向けてきたが睡眠の邪魔をされたデルフにとっては呆れるだけで苦笑いをするしかできない。


「カ、カリーナ。お前はもう少し加減をだなぁ……」

「加減? 加減ならしているぞ? おまえが貧弱なだけだ!!」


 カリーナはふふふと自慢げに指を突きつけてくる。

 

 ははは、とまたも呆れていたらガチャッと部屋の扉が開く音がした。

 

 そこから顔を出したのはデルフの母であるサスティーだった。

 

「あらぁ、デルフ起きたのね。カリーナちゃんありがとうね。デルフったらなかなか起きないもの」

 と母さんが言うと、

「えっ? サスティーさん。こいつすぐ起きましたよ?」


 すぐ起きたのは殴ったからだろ!

 と叫びたくなったがここはぐっと我慢することにした。

 

 サスティーをさん付けで呼ぶあたりカリーナは礼儀正しいで村中では有名だ。

 

(ぼ・く・以外だけどな!)


 所謂、猫かぶりというやつだ。

 

(僕にも敬語を使えとは言わないけどもう少しいたわってほしい)

 

 続けてカリーナは僕の方を見ながら「なんなら毎日起こしに来てやってもいいぞ」と胸を張って言っている。

 

「あらあら、私が起こしても起きないことだしそれならお願いしましょうかね?」


 デルフを差し置いて話が進んでしまった。

 

(カリーナよ。母さんは冗談が通じないから本当に止めて欲しい)

 

 デルフは微かな希望を持ってこの場の冗談であると願う。

 

(ほ、本当に来ないよな……)


 顔を真っ青にしているとサスティーがこちらに振り向いた。

 

「忘れていたわ。デルフ、朝ご飯ができたわよ。カリーナちゃんも食べていきなさいな」

 

 サスティーがそう言うとカリーナは満面の笑みを浮かべた。


「もちろんごちそうになります。サスティーさんのご飯は絶品だから!」

「あらぁ~うれしいわ。さぁ行きましょう。デルフも下に降りてきなさい」

 

 カリーナ達はデルフを置いて先に一階にある食卓に向かっていった。

 

 デルフは気怠かったが急いで後を追う。

 

 



「デルフ。今日は何か用事があるかしら?」

 

 朝食が済んだ後、母さんがお茶を啜りながら言った。

 

「いや、特に何もないよ」

 

 そう言うと母さんがにっこりと笑顔になった。

 

「なら、森まで行って猪を狩ってきてくれないかしら。今日はご馳走にするわよ」

「なんでご馳走……ってことはまさか父さんが帰ってくるの?」

 

 デルフは自分の意志と関係なく少し顔をしかめてしまった。

 

 一瞬のことだったため母さんやカリーナに気づいた様子は見られない。

 

「そうなの! 今回は思ったよりも長かったわ。三か月ぶりかしら? 今日の晩ご飯は張り切って作るわよ! 例のイノシシ頼んだわよ?」

 

 母さんの声はいつになく元気で言葉の通り張り切っていた。

 そしてデルフの了承を聞くことなく母さんはそそくさと外に出掛けて行った。

 

 おそらく、買い物に出かけて行ったのだろう。

 

(否と言わせないために律儀に買い物袋まで持っていたし)

 

 こうなったら仕方がないと渋々イノシシを狩りに行くことを決めた。

 

「元気出せよ。私が手伝ってやるからさ。フフン、任せておけ」

 

 カリーナがデルフの肩に手を乗せ顔の横で笑顔を見せた。

 

 断ろうと思ったがカリーナはここカルスト村の子どもの中では一番強い。

 

 むしろ並大抵の大人じゃ歯が立たないくらいだろう。


 この地域に生息する猪は突進が強力でありデルフ一人で正面から挑んだら苦戦は免れない。

 だから正直一人では相手したくない。

 

 ここは言うとおりにしておいた方がいいだろう。

 

 まぁ断ったとしても勝手に付いてくるだろうが。

 

 そして、カリーナは準備をしてくると全速力で走って行った。

 

 少しして、戻ってきたが見た感じ何も持っていなく服装も変わっていなかった。

 

 何の準備だったんだと思っていると髪が後ろに束ねてくくられていた。

 

(まさか準備ってそれだけ?)

 

 デルフはというと剣を腰に差し肩には鞄を背負っていた。

 バックの中には竹で作った筒に入った給水用の水しか入っていない。


 服装は寝間着の白い服と短パンだった身なりから動物の皮で作った上着を羽織ったに過ぎない。

 

 これでも軽装と呼ばれそうだがカリーナはもはや手ぶらの状態だ。

 

(僕の水、渡さないよ? いや、こう見えてしっかりと準備してきているのかもしれない)


 デルフは一応確認することにする。

 

「カリーナ、準備と言っていたが何を準備してきたんだ?」

「デルフ。お前目が悪いのか?」

 

 そう言ってカリーナは後ろに束ねた髪を肩に乗せるように首を振った。

 

 これが見えないのかという少し不満げで残念そうにデルフを見てくる。

 

 やはり深読みしすぎたようだ。

 

 予想通り髪を束ねたことがカリーナにとっては準備だったらしい。

 

(それならもう何も言うまい)

 

 デルフは空笑いをするしかなかった。

 

 そして、さあ行くぞとカリーナに手を引っ張られながら森に向かった。 

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