第74話 王都の魔導学院

 家に戻って身支度をした後に、再びクレアさんの屋敷を訪れた。

 すると玄関前に立っていたのはセンリだった。なにやら荷物袋を抱えている。こちらに駆け寄ってきた彼女はフィオナに荷物袋を差し出した。


「遠征に行くのだろう? ならばこれを」

「これは……服ですか?」


 荷物袋の中を覗いたフィオナの言葉にセンリは頷く。

 フィオナが取り出したのは上着とパンツだ。どうやらセンリが見繕ってくれた戦闘服らしい。


「まさか、その格好のまま旅に出るわけではないだろう?」

「確かに……」


 フィオナが着ているのはスカート丈が足元まである村人の服だった。この格好だと戦闘時には動きづらそうだ。


「ありがたく貰っておこう」

「そうですね、ありがとうございます師匠」

「さっそく着替えてくるといい」


 屋敷に入り、ロビーの隅でフィオナが着替えを行う。

 その間、俺はアイネさんと何気ない会話をしていた。


「着替え終わりました……どうでしょうか?」

「ほう、中々だな」


 恥ずかしげに視線を横に逸らすフィオナ。

 肩にかけられているのは袖が短めのジャケット。大きく膨らんだ乳房は薄い素材のサポーターで覆われている。胸下から鼠径部までを大胆に露出しており、丈が短いホットパンツから長い素足が伸びていた。


「少し露出が多いような……」

「狩人の服はそんなもんだ。あまり気にするな」


 へそが丸見えの腹部を手で隠すフィオナにセンリがボウガンを差し出す。

 ボウガンを受け取って腰に装着したフィオナの姿は、紛れもなく狩人に見えた。


「よし、準備は整ったな」

「ポータルはこっちだよ、二人とも」


 玄関前に出ていたアイネさんが手を振る。俺とフィオナは外に出て、展開されていたワープホールの前に立った。


「これを通れば私の家の前に転移できるよ」

「じゃあ、俺達から先に行こう」


 フィオナの手を取り、ワープホールの中に足を進めた。

 視界が光に包まれる。若干の浮遊感の後、目を開けると大きな民家の庭先に立っていた。


 ぎゅっと目を閉じたフィオナの肩を軽く叩く。


「もう大丈夫だ、無事に着いたぞ」

「初めてワープホールを通ったので緊張しました……」


 目を開けたフィオナの碧眼が、民家のほうに向けられる。

 大きな白亜の建物は壁に汚れがなく清潔で、建築されて間もないようだった。

 

「ここが私のお家。中には私の旦那さんがいるから、入るのはやめておいたほうがいいね」

「気難しい人なんですか?」

「そんなことないけど、部外者が家に入ると暗殺しようとするタイプだよ」

「すごい人と結婚してるんですね……」


 暗殺癖のある旦那さんとやらが気になったが、今は時間が惜しい。アイネさんの家に入るのはやめておこう。


「魔導学院まで私が案内するね」

「分かりました。フィオナ、行こう」

「ええ」


 アイネさんに連れられ、俺達は王都を歩いた。

 さすがに人が多く、街中は賑わいを見せている。王都の景色が物珍しいのか、フィオナの視線があちこちにさまよっていた。


 ある程度歩くと、魔導学院の校舎が見えてきた。門の前に警備兵が立っていたが、アイネさんが事情を話すと快く先へと通してくれた。校舎の敷地内に入って噴水のある庭を進んでいたら、生徒達の視線がこちらに向けられる。


「あの人、もしかして勇者さん?」

「そうだよ、勇者アイネさんだ」

「後ろの二人は誰だろ?」


 ひそひそと会話している生徒達に向けてアイネさんは微笑む。すると生徒達はつられて笑顔になり、朗らかに手を振った。


「さすがは勇者ですね。みんな夢中だ」

「生徒達にまで顔が知られているとは思わなかったけどね」


 校舎のドアを開き中に入ると、更に多くの生徒達に注目された。

 アイネさんは物怖じせず、よく通る声を広間に響かせた。


「すみませーん! ノアさんという学者さんがどこにいるか知りませんか?」

「あ、あの……ノア教授は今、授業中です。二階にある二年B組の教室にいます」


 おどおどと前に出てきた女子生徒にアイネさんは礼を言う。

 そしてこちらを向くと、ぐっと親指を立てて笑顔を見せた。


「じゃあ、私はこの辺りで失礼するね」

「ここまでありがとうございます。後は俺達でなんとかやっていきます」


 俺とフィオナはアイネさんに頭を下げた。

 校舎を出ていくアイネさんを見送った俺達は廊下を通って階段を上がる。

 二年B組と表記されたプレートが下げられている教室のそばで、しばらく待機した。


「ここが学校ですか。みんな楽しそうですね」

「ああ。雰囲気が良い場所だ」

「実は子供の頃、学校に憧れていました。いつか同じ年頃のお友達と一緒に勉学や青春に励んでみたいなって」

「今からでも入学できるんじゃないか?」

「できるとは思いますが、私は魔法が使えないので落ちこぼれと見なされそうです」


 くすっと笑ったフィオナ。

 その時、授業の終わりを告げる鐘の音が鳴った。教室からぞろぞろと生徒が出てくる。怪訝な目で見てくる生徒の中の一人に声をかけ、ノアさんのことを聞き出すことにした。


「すまない、ノアさんはどちらに?」

「ノア教授ならあそこです」


 生徒が指差した先に視線を向けると、そこには教科書らしき本を両手で抱えた小柄な女の子の姿があった。透き通った水面のような蒼色の短髪をした女の子はこちらに気づいたようで、すたすたと近寄ってくる。


「そこの二人、どうしたのかね?」

「初めまして。あなたがノアさんですか?」

「いかにも、我輩がノアだが」

「クレアさんからあなたのことを紹介されました」

「ふむ、クレアちゃんが? 一体どんな野暮用やら。とりあえず職員室で話すとしよう。ついてきたまえ」


 俺達はノアさんの小さな背中を追って職員室にまで辿り着いた。


 




 

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