第75話 吸血鬼レヴィの情報

「――それで、諸君はなぜ我輩のもとに来た?」


 職員室にて、椅子に座ったノアさんが俺達を見上げて問う。

 周りには数人の教師がいて、こちらを密かに観察しているようだった。

 俺はノアさんと視線を合わせ、話を切り出した。


「あなたに伺いたいのは、賢者の霊石の在り処に関してです」

「ふむ、人狼病の特効薬である賢者の霊石か。それを求めているということは、既知の者が人狼病に罹ったというわけだな?」

「はい。幼い女の子が人狼病に罹り、ベッドに臥せています。俺達はその子をどうにか救いたいと思いクレアさんを訪ね、あなたの名前を聞きました」


 腕を組んだノアさんは、じっと俺を見て、次にフィオナの顔を見た。


「ところで諸君は、クレアちゃんとは親しいのかね?」

「クレアさんは両親を亡くした俺にとって、親のような存在です」

「私も村長にはたくさんお世話になってきました」

「ふむ、クレアちゃんもなかなか丸くなったらしい。まるで恩師のような扱いではないか」


 ノアさんは嬉しそうに頬を緩めて何度か頷いた。

 どうやらこの小さな学者はクレアさんと親しい仲であるようだ。

 村長の知り合いならば信頼できると判断した俺は、話を続けた。


「率直に尋ねます。賢者の霊石はどこにありますか?」

「我輩が知る限りだと、賢者の霊石を生み出した吸血鬼は西の山奥で暮らしているらしい。そやつはレヴィという名の女吸血鬼だ」

「そのレヴィという吸血鬼に会えば、賢者の霊石が手に入るわけですか」

「そう簡単に事が進めば良いのだがね。レヴィはとても偏屈な者だと聞く。諸君が対面したとして、容易く賢者の霊石を渡すとは……」

「いざという時は、力ずくにでも」

「ふふ、乱暴だな。まあ、実に若人らしい」


 ノアさんは面白おかしいというように、くすくすと笑った。

 そして椅子から立ち上がる。


「事態は緊急を要するようだ。速やかに王都を発ったほうがいい」

「そうします。最後に、ノアさんに聞きたいことが」

「ふむ、なんだね?」


 俺はノアさんに、純粋な疑問を投げかけた。


「クレアさんとは、一体どういった関係で?」

「あの喧嘩っ早い竜人と我輩は幼馴染なのだよ。同じ村に生まれ、共に青春時代を過ごした。ここ十年は会ってないがね」

「村長と幼馴染……ということは、ノアさんも百年以上生きているということでしょうか」


 フィオナの言葉にノアさんは「うむ」と頷き、胸を張った。


「我輩はこんな見た目だが、実年齢は百を超えている。巷で言う合法ロリという存在だ。遠慮せず敬い給えよ」

「合法ロリ……聞いたことがありませんね」

「ふむ、諸君は若人ながらに流行に疎いらしい。ここで一つ、王都で広まっている若者言葉でも伝授してやりたいところだが……生憎と、もう休み時間が終わってしまう」


 ノアさんが壁の振り子時計に目を向けると、先ほどのように鐘の音が響いてきた。どうやら休み時間が終わったようだ。職員室で小さな学者と別れた俺達は、学院の敷地内から門の外へ出た。


 王都の往来を歩きながら、フィオナと会話する。


「西の山奥か……詳細な場所を知るためには、地図が必要になりそうだな」

「どこかで購入しますか?」

「そうしよう。あとは馬車の手配もしておかないとな」


 方針が決まり、俺達は手分けして事を進める。

 俺は馬車の手配と旅の準備を、フィオナは道具屋で地図の購入に急ぐ。

 待ち合わせ場所の中央広場に馬車を誘導させると、すでに地図を手に持ったフィオナが噴水付近に立っていた。俺達は馬車の荷台に乗り込む。


 街中を進み、市壁の門を出た馬車が街道を走り出す。俺は地図を見ながら、御者に進行方向を指示するのであった。


 やがて人の姿も減り、辺り一面には草原が広がる。草食動物が草を食んでいる姿がちらほらと見えた。


 ここらには危険な魔物や魔獣はいないようだ。

 しかし安心はできない。魔物や魔獣がいなくとも、野盗が現れるかも知れなかった。複数人で馬を走らせている者達には要注意だ。


「フィオナ、いつでも戦闘できるように心構えておけ」

「はい。すでにボウガンの調整は万端です。いつでも射ることができます」


 心強い妻の言葉に、思わず笑みがこぼれた。

 まさかフィオナと背中を預けて戦うような日が来るなんて……人生どうなるか分からないな。


 馬車は草原地帯を抜け、大きく広がる森の中へと入る。

 森にはきちんと道があり、ここまでは何事もなく馬車は進み続ける。

 しかし、正面方向に馬を走らせる数人の男達が見えた。

 御者のおじさんが舌打ちする。俺はムラサメの鞘に手を触れさせた。


 馬車が止まると同時に、男達もまた馬を降りる。

 人相の悪い男達の一人が腰の短刀を抜き放ち、こちらに向かって突きつけた。


「おい、お前ら。死にたくなければ金を置いていけ」

「それはできないな。貴重な旅の費用をどこかの誰かにやるほど馬鹿じゃない」


 荷台から降りた俺とフィオナを見て、短刀を持った男は口笛を吹いた。


「かなり良い女連れてるじゃねぇか。おい、やっぱり金じゃなくてその女を置いていけ」

「断る。俺の大事な妻なんでね」

「だったら死んでおきな。おい、お前ら! この男を殺せ! 女は傷つけるなよ!」


 男が号令をかけると、後方の子分達が次々と武器を抜いた。

 俺はムラサメを抜き放つ。太陽の光を反射した刀身がきらりと煌く。すぐ後ろでカチャリとフィオナがボウガンを構える音が聴こえた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る