第66話 魔獣狩り
フェイの訓練は順調に続いている。
魔法の威力と指向性を強めるための呪文詠唱を舌っ足らずながらも唱え、氷弾を前方へと真っ直ぐに発射したフェイは、わずかに眉を上げて鼻を鳴らす。
どうだ、見たか――と言いたげなフェイの頭を、俺は軽く撫でた。
「だいぶ魔法を真っ直ぐに飛ばせるようになったな。やるじゃないか、フェイ」
「……これでみんなをまもれる?」
「魔法の威力や操作はすでに一線級だが、お前自身が緊急時に動けるかが問題だな」
当然だが、強い力を持っているからといって戦闘できるかどうかは別だ。
魔物、悪魔、荒くれ者――それらと対峙した時に、腰を抜かしているようでは話にならない。
フェイはまだまだ子供だ。危険な存在と真正面から戦うような機会はないと思いたいが……一応は確かめておいたほうがいいだろう。彼女が戦闘者たり得るかどうかを。
「とりあえず、今日の訓練は終わりだ。お疲れ様、フェイ」
「……まだまだいける」
「やる気なのは結構だが……正直に言うと、もう教えるべきことがない。少なくとも、この広場ではな」
「……?」
「まあ、のちに分かる。今日は孤児院に戻って休め」
やる気が有り余っているようで、フェイはしばらくむっすりとしていたが、広場に姿を現したエリーゼに連れられて孤児院に帰っていった。
エリーゼと入れ替わるようにフィオナがやってくる。
彼女は小型のボウガンを携えていた。女の腕でも扱える軽量型のモデルで、矢はつがえられていない。
「そいつがフィオナの相棒か」
「ええ、そうです。名前は何にしましょうか」
「ふむ……パピーちゃんでいいんじゃないか」
「そんな、子犬じゃあるまいし」
軽口を言い合って笑った俺達は、家に戻る前にクレアさんの屋敷に顔を出す。
屋敷のロビーではクレアさんとセンリがソファに座って紅茶を楽しんでいた。
俺はセンリの前まで歩み寄って、頭を下げる。
「毎日妻がお世話になっている。ありがとう」
「礼には及ばない。フィオナ嬢が強くなってくれれば、こちらとしても都合が良いからな。守る手間が省ける」
「フィオナのボウガン使いとしての素質はどれぐらいなんだ」
「十分だ。教えられたことはすぐに吸収するし、集中力も多分にある。この調子で訓練すれば、貴方の妻は立派な狩人に成長するだろう」
センリに褒められて嬉しかったのか、フィオナはボウガンをテーブルに置き腰の両側に両手を当て、得意げに胸を張った。
「ふふ、当然です。これでもリオンの妻なんですから」
「だがボウガンの素質があるとはいえ、生物を射抜けるかどうかは別だ。いざという時に賊や魔物の前で腰を抜かされては困る」
「うっ……そ、そうですね師匠」
センリの手痛い一言に、フィオナは肩を下ろす。
今まで戦闘とは縁のなかった者が武器を執るのにあたって問題なのは、やはり相手を自らの手で下せるかどうか。
フィオナとフェイは奇しくも、同じ問題を抱えていた。
クレアさんがテーブルの上のカップを取り、紅茶を啜った後に言う。
「ならば実戦訓練を行うしかなかろう」
「何かアテでもあるのですか」
俺が尋ねると、クレアさんはカップを置いて話し始めた。
「ここ最近、隣村が魔獣の被害を受けているとの報告があった」
「魔獣、ですか」
「そうだ。そして、あちらの村長は魔獣を討伐可能な戦士を所望しておる。本来ならば自警団の一員を派遣するところだが」
「フィオナに、魔獣を討伐しろと?」
「あるいは孤児院の小娘でもいい。どちらが討伐に行くにせよ、貴様かセンリがついていけば安全だろう?」
魔獣といえども、様々な魔獣がおり、危険度は異なる。
小型な魔獣ならともかく、大型となると骨が折れる。俺やセンリがそばにいても同行者には危険がつきまとうだろう。
「私、行きます!」
俺の心配もよそに、当のフィオナは胸の前で両手を握りしめて、やる気を示した。
「村を襲うだなんて、そんな悪い魔獣は私が退治してみせます!」
「妻はやる気のようだが、貴様はどうする?」
「俺はフィオナがやると言うなら、やらせてみようと思います」
「ついでに孤児院の小娘も連れて行け。同時に実戦訓練が行えて一石二鳥だろう」
となると、センリにも同行してもらいたいな。
さすがに二人の訓練を一人で同時にはできないし、そもそも俺はボウガンに精通していない。
視線で問いかけると、センリは頷いてソファから立ち上がった。
「ボクも同行しよう。弟子の晴れ舞台を、この目で見てみたい」
「決まったな。俺はこれからエリーゼとフェイに事情を伝えに行く。フィオナとセンリは準備していてくれ」
「了解です! さーて、極めたボウガンの腕前を師匠にたっぷり見せつけてあげますよ!」
危険な魔獣の狩りに意気揚々としているフィオナ。
俺とセンリは呆れ気味に息を吐くのであった。
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