第67話 魔獣の正体

 孤児院でエリーゼと話し合い、フェイの遠出の許可を得た。


「くれぐれもフェイに怪我させてはダメよ?」

「分かっている。危険が迫った時は死ぬ気で守るさ」

「それと、小鳥さんも気をつけて」


 心配してくれるエリーゼに頷いて、フェイの手を取り孤児院を出た。

 村の中を歩いている間、フェイは焦るように俺の手を引いて先導したがる。


「落ち着け、フェイ」

「だって、むらのそとにはやくでたい」

「そういえばフェイは村を出るのは初めてなのか?」

「はじめてじゃない。だけど、ずっとエリーゼにとじこめられていた」


 俺もかつて村の外に憧れていた。だからフェイの気持ちも分かる。

 だが、つい先程エリーゼに言われたように、フェイの身に何かあったらいけない。

 

「いいか、外は危険がいっぱいだ。決して勝手に俺のそばから離れないでくれ。それと、何かあったら誰かに頼れ。俺じゃなくても、センリだったら大抵のことは何とかしてくれるだろう」

「わかった」


 待ち合わせ場所である村の入口まで歩くと、黒い馬に二人乗りしているフィオナとセンリの姿があった。彼女達のそばには一頭の白い馬が手持ち無沙汰に草を食んでいる。


「リオン殿、フェイ嬢。今回はクレア様から借りた馬で隣村へと向かう」

「分かった。フェイ、馬に乗れるか?」

「うん、だいじょうぶ」


 俺が馬に乗った後に、フェイは背を精一杯伸ばして馬の背中をよじ登った。

 

「走ってる間は俺にしがみついていてくれ」


 ぎゅっと後ろから腰に腕が回される。

 センリが手綱を操り馬を走らせた。俺もまた脚で馬に合図を送り発進させて、彼女達の斜め後ろを走る。


 草原を駆けていく二頭の馬。

 風を全身にまといながら走っている最中、フェイが珍しく嬉々とした声を出した。


「すごい、はやい!」

「振り落とされないようにしろよ!」

「うん!」


 ぎゅっと力強くフェイがしがみついてくる。

 彼女の暖かな体温と冷たい風の温度差を感じながら、俺は手綱を操って馬を走らせ続けた。


 街道を進むと、ほどなくして隣村が見えてくる。

 入り口付近で馬を止めた俺達は、杖をついた老人に出迎えられた。


「あなた方がクレア殿から派遣された戦士ですかな?」

「ええ。村の要請に馳せ参じました」


 センリが背を正し、老人に敬礼する。

 老人は自らを村長だと言った。


「そちらのお嬢さんは?」


 村長はフェイに注目する。

 馬から下りた俺はフェイを抱き上げつつ言った。


「この娘もまた俺達の仲間です」

「年端も行かぬ幼子に見えるのだが……」

「確かに幼い娘ですが、実力は俺が保証します」

「ふむ。ならばよかろう。さっそく村人が襲われた場所へと案内しましょう」


 村長に連れられ、俺達は村の中に足を踏み入れた。

 村は小さく、歩いていれば畑を耕す農夫や地べたに座り込んでいる野菜売りが声をかけてくる。のどかな雰囲気が漂っている村だった。


「この納屋が一つ目の襲撃場所です」


 村長が杖を差した先の納屋。

 中を覗き込むと、農作物が荒らされて地面に散乱していた。

 野菜や果物が転がっているが、食い荒らされた様子はない。

 俺は村長に尋ねた。


「村人からは何か伝えられていませんか?」

「早朝に納屋へ赴くと内部が狼のような魔獣に荒らされていたようです。村人は護身用のナイフで魔獣を斬りつけたが討伐には至らず、足を噛まれました」

「狼のような魔獣ですか」


 納屋の周辺の地面に目を通せば、先に調査を始めていたセンリが声を上げる。


「見ろ、ここに血痕がある」


 センリの言う通り地面に血痕が付着しており、近くの森へと続いていた。


「足跡はない。つまりは地面に沈み込まないほど軽い小型の魔獣だ。狼のような小型の魔獣と言えば――」

「グレイウルフだろう」


 俺の返答に、センリは頷いた。

 

「そのグレイウルフとやらは、私達でも倒せるんでしょうか」


 ボウガンを持ったフィオナの問いに、俺は首を縦に振る。


「グレイウルフは獰猛で人を襲うが、油断しなければ素人でも仕留められる」

「ならば、さっそく私が――」

「待て待て、そう焦るな。村長は一つ目の襲撃場所だとおっしゃった。となると魔獣の被害は複数あるんだろう」


 納屋を襲った魔獣はグレイウルフだと断定。

 次の場所は、村の端に位置する畑だった。

 畑で育てられていた野菜は無残に食い荒らされ転がっている。


「こっちは納屋と違って野菜が食われているな。草食の魔獣か」

「リオン殿、地面に足跡がある」


 センリの見下ろす先には、確かに馬の蹄のような足跡がある。

 この足跡は冒険者時代に何度も見慣れたものだった。


「畑を荒らしたものの正体はワイルドボア、猪のような魔獣だ」


 村長が言うには、襲撃場所は納屋と畑の二つだけなようだった。


「ふむ、グレイウルフとワイルドボアか。二手に分かれたほうがいいだろうな」

「じゃあ、俺とフェイはグレイウルフの相手をしよう。小型の魔獣は素早いが、だからこそ魔法を上手く当てる訓練になる」

「ならばボクとフィオナ嬢の相手はワイルドボアだな。ヤツは一直線に突進してくる。よほどのことがない限り矢の外しようもないだろう」


 こうして俺とフェイはグレイウルフ、センリとフィオナはワイルドボアを追うことに決めたのだった。

 

 

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