第62話 アルフの決心

 グダグダと愚痴を言いながらも、シアは客引きを続けた。

 やがて日が暮れて、店を閉める時間になる。

 店内でクレアさんとシアが水着を脱ぎ捨て、もとの服を着込んだ。

 

 二人に俺は、巾着袋を差し出す。


「なんだこれは」


 クレアさんが巾着袋を手で弄びながら問いかけてくる。


「今日の給料です。二人はよく働いてくれたので」

「いらぬ――と言っても、どうせ貴様は聞かぬのだろうな」


 クレアさんはそう言って、店の外に出ていった。

 シアは巾着袋を両手にちょこんと乗せて、目を輝かせている。


「この硬貨の重み……たまりませんね」

「シアは守銭奴なのか」

「お金はいくらあっても困りませんからね。有り難くいただいておきます」


 シアもまたクレアさんの後を追い、店を出ていく。

 俺は息を吐いて、頭をガシガシと掻いた。


「これじゃ仕返しどころか普通に日雇いさせただけだな」

「わざわざお給料を渡すなんて、リオンも甘いですね」


 店内の掃除を終えたフィオナがパタパタと寄ってくる。

 妻の言葉を聞いた俺は苦笑いした。

 フィオナは刀となったムラサメを持っている。


「疲れたみたいで、歩いて帰るのは嫌みたいです」

「だから持って帰れというわけか」


 手渡されたムラサメを腰に差して、いざ店を後にしようとした。

 だがそこで、勢いよくドアが開かれる。


「リオーーーーーン!」


 俺の名を叫んだユーノが店内に飛び込んできて、ボールのようにごろごろと床に転がった。普通に入れないのか、こいつは。


「今日はなんだ、ユーノ」

「大変だよ! アルフが!」

「クロエの風邪でも移されたか?」

「違う! アルフが告白するんだって!」


 床から飛び上がったユーノが説明してくれる。

 どうやらアルフはクロエの看病をしているうちに、積もる想いを抑えきれなくなったようで。

 クロエが元気になった時に、告白しようと決意したみたいだ。


「なるほど、それは良かった」

「アルフが告白する日にはあたしとリオンで見守ろうね!」

「俺達がいても邪魔になるだけじゃないか?」

「そんなことないよ。アルフもあたしたちがいてくれたほうが勇気づけられるって言ってたもん」


 他ならぬアルフがそう言うなら、当日は見守りに行こう。

 ユーノを引き連れて、店を出た。鍵でドアに施錠をして、帰り道を歩く。


 何気ない会話をしながら歩いていると、ふとフィオナがこんな事を言った。


「ユーノは好きな人いないんですか?」

「えっ、あたし?」

「はい。あなただってお年頃なんですから、意中の相手がいてもおかしくないでしょう?」

「うーん……あたしはそーゆーのわかんない」

「この人と一緒にいたい、一緒にいると楽しい……そう思える人はいないんですか?」

「リオンとフィオナ? あ、マシロとクロエとアルフもかにゃ?」


 とてもユーノらしい答えに、俺とフィオナは笑った。

 俺の幼馴染は、まだ恋慕を知らないようだ。

 

「毎日楽しければ、それでいいよ」


 尻尾を振りながら、ユーノはそう呟くのであった。



 後日、俺はいつもの広場で、アルフと会っていた。

 大樹に背を預けて腕を組んでいるアルフに声をかける。


「いつクロエに告白するつもりだ?」

「早ければ今日にでも、と思ったんだけどな……クロエ姉ちゃんが急に体調悪くしちまって。ようやく風邪が治ってきたと思ったのに」

「そうか。じゃあ今日はお見舞いだけにしておくか」


 頷きあった俺とアルフは、クロエの家に行った。

 クロエは気怠そうにベッドに寝込んでいて、俺達の顔を見ると力なく笑った。


「ごめんなさい、二人とも。せっかく来てくださったのに、こんな調子で」

「いいんだ、俺達が来たくて来てるんだしな。それよりも大丈夫か? また急に体調が悪くなったと聞いたが」


 俺が尋ねると、クロエはゆっくりと上体を起こした。

 ベッドに座り込んだ彼女の頭はふらふらと揺れている。


「ちょっとめまいがしますね……まあ、いつもの発作みたいなものでしょう」

「そうか。少し失礼する」


 クロエの前髪をかきわけて、額に手を当てた。

 額は熱くない。どうやら熱は引いているようだ。

 となると、彼女の言う通り、虚弱体質が引き起こしている体調不良なのだろう。


 ベッドのもとに腰を下ろしていたアルフは、心配げな表情をしていた。

 そんな彼の様子を見て、クロエは微笑む。


「アルフはいつも私のことを心配してくれますね」

「俺は……まぁ、大切なダチのことだしな……」

「ダチ、ですか」

「あ、あぁ……」


 もごもごとそう言って、アルフはクロエから視線を逸してしまう。

 彼の頬は、少しだけ赤みを帯びていた。

 クロエは再び微笑んで、そっとアルフの手を取る。


「なっ……なんだよ、クロエ姉ちゃん」

「いつもお見舞いに来てくれてありがとうございます。アルフは大切な、私のお友達です」

「お、おお……そうか……」


 お友達、という言葉に、一瞬だけ目元を陰らせるアルフ。

 だがすぐに元の鋭い目つきに戻り、彼はクロエの手を握り返した。

 

 

 

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