第63話 アルフの告白

「俺は決めたぞ! 今日、クロエ姉ちゃんに告白する!」


 拳を握りしめて宣言したアルフ。

 今日も広場で俺達は落ち合い、顔を合わせた瞬間にアルフは言い放った。

 

「その意気だよ! 頑張れアルフ!」


 芝生に寝転がっていたユーノが飛び起きて、アルフの手を取ってぶんぶんと上下に振った。

 アルフは照れくさそうにユーノから視線を逸してフンと鼻を鳴らす。

 俺は大樹に背を預けながら問いかけた。


「どこで告白するんだ?」

「ずばりだな、ここだ!」

「まあ、ここは普段から俺達しかいないし、告白する場としては妥当だろうな」

「すでにクロエ姉ちゃんにはここに来てくれと伝えてある」


 アルフは緊張しているようで、ズボンのポケットに手を突っ込んで芝生をうろうろと歩き始めた。


「まだか……そろそろだと思うんだがな……やべぇ、緊張して喉がカラカラだ」

「あ、あたし水筒持ってきたよ」


 大樹の根本に走ったユーノは、大きな巾着袋から水筒を取り出した。

 その水筒を持ってアルフに駆け寄り、はいと言って差し出す。

 水筒を受け取ったアルフはキャップを引き抜くと、口をつけてゴクゴクと水を飲み干す。


「あ、そういえばさっきあたしが口つけて飲んじゃったんだった」

「……ごほっげほっ!?」


 ユーノの発言によってアルフは咳き込み、水を勢いよく吐き出した。


「おい、それを先に言ってくれよ!」

「にゃはは。間接キスだよ、これって」

「よりにもよってユーノ姉ちゃんと関節キスしちまった!」

「よりにもよってってなにさ」

「いやだって……ユーノ姉ちゃんはリオンが侍らせてる女の一人だし……」


 別に俺はユーノを侍らせているつもりではないが……。

 不意のハプニングがあったが、そのおかげでアルフはいつもの調子を取り戻したようだ。

 水筒をユーノに返した彼は、こちらに向かってくる。

 俺と同じように大樹に背を預けたアルフは、ふと俺の脇腹を肘で突いてきた。


「なあ、リオンはフィオナさんと結婚する前に、告白したのか?」

「そうだな……告白と言うほど大それたものじゃなかったが、愛してると伝えたよ」

「やっぱ女に愛してるって伝えるのは恥ずかしかったか?」

「いいや。驚くほどあっさりと言葉が出たよ」

「リオンのそういうところ羨ましいぜ。俺は肝心な時に限って舌を噛んじまいそうだ」


 しばらく何気ない会話をしていると。

 クロエが広場に入ってくる姿を俺達は見る。

 彼女は一人ではなく、マシロを隣に引き連れてやってきた。


「おーい! みんな! 今日はどうしたのー!?」


 マシロがのんきにぶんぶんと手を振っている。

 緊張感をぶち壊したマシロに、アルフは溜息を吐いた。


「おい、マシロ姉ちゃん」

「なにー? アルフくん?」

「悪いがそろそろ帰ってくれ」

「え!? 来たばかりなのに!?」


 マシロは抗議するようにアルフの両肩を掴んで揺らした。

 鬱陶しそうに目を細めたアルフはマシロを自分から引き離す。


「なんでマシロ姉ちゃんまで来たんだよ。俺が呼んだのはクロエ姉ちゃんだけだぞ」

「だって病み上がりのクロエを一人で外出させておけないよ。道の途中で倒れちゃうかもしれないし」

「相変わらず過保護だな……」

「クロエは大切な幼馴染だから過保護にもなるよ!」


 笑顔でそう言ったマシロを、アルフは若干羨ましそうに見つめる。

 そしてクロエと視線を合わせると、普段のしかめっ面とは違った柔らかな微笑みを浮かべた。


「ごめんな、時間を取らせて」

「いいえ、大丈夫ですよ。今日はどうしたんですか?」

「クロエ姉ちゃんに聞いてほしいことがあるんだ」

「私に聞いてほしいことですか?」

「ああ、俺は――」


 意を決した彼は、ごくりと息を呑んだ。

 そしてとうとう、自分の想いを愛する彼女に伝える。


「クロエ姉ちゃんのことが好きだ!」

「……え?」


 アルフの精一杯の告白に対して、クロエは驚いたように目を見開いた。

 しばらく静寂が広場を支配する。

 胸元に手を添えたクロエが、まっすぐにアルフを見据えて言った。


「それは……友達として、ですか?」

「いいや、違う。異性としてだ」

「そうですか……アルフが、私のことを」


 呟いたクロエは、目を細めてうつむいた。

 

「ごめんなさい、アルフ。私は好きな人がいるんです」

「そ、そうか……」

「だから、あなたの想いには応えられません。本当に……ごめんなさい」


 そう言って、頭を下げたクロエ。

 アルフは、フラれたにもかかわらず、静謐な目をしていた。

 クロエの肩にそっと手を置いた彼は、優しい声音で言う。


「まあ、告白した俺が言うのもなんだが……これからも変わらず接してくれたら嬉しい」

「……ごめんなさい」

「謝らなくていいんだ。俺が勝手にクロエ姉ちゃんを好きになって、勝手に告白しただけなんだからさ」


 はは、と笑うアルフ。

 彼の表情は満たされていた。

 ずっと秘めていた想いを伝えたことで、吹っ切れたのか。


「うそ!? アルフくんがクロエのことを好き!?」


 アホみたいに口をぽかんと開けていたマシロが、ようやく状況を把握したみたいだ。驚愕に満ちた声を上げ、アルフの手を取るマシロ。


「うちのクロエをよろしくお願いします!」

「いや……俺、フラれたんだが」

「そうだった! ってかクロエ、好きな人いるってマジなの!?」

「ええ、マジですよ」


 今度はクロエに飛びかからんとしているマシロの首根っこを掴み上げる。


「落ち着け、アホ」

「リ、リオンさん……うちのクロエが恋をしているっぽい!」

「そうらしいな」

「まさかクロエが好きな人ってリオンさんじゃないよね!?」

「さぁな……どうなんだ、クロエ」


 俺がマシロを制御しながら尋ねると、クロエはふるふると首を振った。


「私が好きな人はリオンさんじゃないです、すみません」

「そうか」

「えー! じゃあ誰なの、クロエ!」

「……マシロには言いたくありません」


 クロエはマシロから顔を反らした。

 その日に焼けていない真っ白な頬が、若干赤くなっているように見えたのは、果たして気のせいだったのか。

 

 俺はマシロを開放した後に、アルフに向き直る。

 ズボンのポケットに手を突っ込んで佇んでいる彼に、ぴょこぴょこと獣耳を動かしたユーノが励ますように声をかけた。


「アルフ、元気だして! 酒場でなんか美味しいものでも食べよう! リオンの奢りで!」

「俺の奢りか。まあ、いいだろう。アルフ、行こうぜ」

「ああ、そうだな。今日はご馳走に預かるわ」


 クロエ達と別れた俺はアルフとユーノを連れて、酒場に向かうのであった。

 

 


 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る