第45話 赫怒せし老竜

「皆のもの! すみやかに散らばれ! 固まっていたらまとめて焼き払われるぞ!」


 クレアさんの命令に従い、散開する村人達。

 上空を飛行する飛竜型の悪魔は、円を描くように動いて獲物を品定めしている。

 クレアさんは血走った瞳で俺を見つめ、力強く言い放つ。


「力を貸せ、リオン。我らで奴を討つ」

「もはや黙って突っ立っているままでは全滅ですね。いいでしょう、俺も力を出します」


 俺はフィオナと目配せする。

 妻はこくこくと頷き、俺の戦闘を許可してくれた。

 長剣を鞘から抜き放ち、刀身に指を滑らせ魔力を纏わせる。


 相手はドラゴンの姿をしているとは言え、実際は飛竜型の悪魔に過ぎない。

 先ほど放出されたブレスは魔力によって生み出された仮初の炎。

 ならば同程度の魔力を纏わせた長剣でブレスを相殺できない道理はなかった。


「リオン、耳を貸せ。作戦を伝える」


 クレアさんに耳打ちされた作戦を頭に入れた俺は、さっそく行動を開始する。

 ひとまずフィオナの手を取り走って、飛竜型の悪魔の索敵範囲から抜け出した。


「よくも村人を焼き払ってくれたな……すぐに貴様を殺してやる!」


 赫怒の炎を瞳に滾らせ、上空を旋回する悪魔に怒声を放ったクレアさん。

 その声を耳にした悪魔が動きを止める。


「さっきから小うるさいチビっ子ね。いいわ、あなたから丸焼きにしてあげる」


 大きく広がった翼をはためかせて滞空した悪魔は、クレアさんを標的として捉えたようだ。

 顎門を開いた悪魔の喉が膨れ上がる。

 そして災禍の炎が再び広場へと放出されようとした――刹那。


「魔導士の誇りにかけて! 総員、放てぇぇッ――!」


 雄々しき声と共に地上から放たれたのは、数人の魔導士による魔法弾だった。

 凝縮された魔力を弾丸の形にして撃つだけの単純な攻撃。

 しかし放った者達の出力が大きければ、それはドラゴンさえも撃ち落とせる砲弾と化す。


 念の為に広場の護衛を任されていた魔導士達は選りすぐりだった。

 魔力の弾丸が次々と悪魔に着弾し、その巨体を怯ませる。


「チッ、小賢しい人間達ね。あたしの身体に傷を付けたこと、死でもって償えばいいわ」


 悪魔の意識が魔導士の方へ向く。

 その好機を見逃さず――クレアさんに伝えられた通りに、魔法障壁を空中へと寝かせるように展開させた。

 障壁は一枚に留まらない。次々と数珠つなぎのように地上から上空へと展開されていく障壁。


 それは、クレアさんを悪魔のもとに辿り着かせるための足場だった。

 勇ましき赫竜は展開された障壁を俊足で駆け上がりながら、大剣を背中から開放。

 大剣の柄を握りしめたクレアさんは、ついに悪魔の背面にまで上昇した。


「なっ……!?」


 空を駆け上がった小さき赫竜の姿にようやく気付いた悪魔。

 だがしかし、その反応は一手遅い。


「まずは翼だ。地に墜ちるがいい、駄竜」


 障壁を蹴って飛び上がったクレアさんは、悪魔の片翼の付け根に大剣を振り下ろす。

 その一閃は速く力強く強烈で、悪魔の翼を根本から両断した。

 刎ね飛ばされた己の翼を視界に入れた悪魔は、絶叫を上げる。

 

「あ、があああああああッッ!?」

「これはついでだ」


 痛みに首を振り回す悪魔の左目を、正確に抉り抜く大剣。

 片翼と片目を失った悪魔は、広場に墜落する。

 クレアさんは上空で何度か身体を回転させ、大地に降り立った。


「あとは任せたぞ――魔導士達よ!」

「承知しました! さあ、蹂躙開始だ! ありったけの魔法を、あのクソトカゲに撃ち込んでやれ!」


 魔導士のリーダーが叫び、瞬時に発動される数多の魔法。

 炎、水、風、氷――あらゆる破壊現象が吹き荒れ、ただ一体の墜ちた悪魔に対して猛威を振るう。


「ああああああああああッッ! やめろ、やめろ、この畜生共がああああああッッ!」


 雪崩の如く襲いかかる法撃の嵐に、悪魔は大絶叫し、巨体をのたうち回らせた。

 開放される魔法は止まらない。

 悪魔の肉体を削って、抉って、砕いて、刺して、燃やして、凍らせて、斬り刻んで――。

 やがて悪魔の様相は見るも無残なひしゃげた果実のように成り果てる。


 それでもまだ僅かに息をしている悪魔が、ブレスを放った。

 その一撃は故意に狙ったかどうかは分からないが、クレアさんに向けて一直線に伸びていく。

 瀕死の悪魔の攻撃とは言え、そのブレスは直撃すればクレアさんの肉体を燃やし尽くせるほどの威力を有している。


 だから俺は駆け出した。

 無我夢中で走って走って走って、クレアさんの前に身体を滑り込ませ。

 長剣を大上段から振り落とし、ブレスを斬り払う。

 二股に分かたれた炎は、俺の服や頬を僅かに焦がし、熱気と衝撃を周囲に撒き散らした。


 やがて残火が舞い、ブレスは収まる。


「……なんなのよ、あんた達……」


 悪魔のか細い声が、虚しく響く。

 クレアさんは痙攣している悪魔の首元に歩み寄った。


「無様だな、駄竜よ」

「……ふふ、チビっ子が偉そうにしちゃって」

「確かに我は小さいが、生憎と貴様より年寄りでな」

「……あら、そうだったの。それはそれは、おばあちゃんに失礼な物言いをしちゃったわね」

「そろそろ死ぬがいい。我がトドメを刺してやる」

「……そうね。ここで死ぬのもいいかも。


 飛竜型の悪魔は、抉られていない無事な瞳を、静かに閉じる。

 そして、大剣が振り落とされ。


 悪しき邪竜の首は、胴体から斬り離されるのであった。


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