第46話 セロル村防衛戦

 首を断たれて絶命した飛竜型の悪魔は、淡い粒子となって散りゆく。

 クレアさんは大剣を背負い直し、息をついた。

 ひとまず危険は去った。

 広場にいる者達はクレアさんと魔導士に歓声を送る。


 俺はフィオナのそばに戻り、共に生き残れた安心を分かち合った。


「なんとか倒せたが……犠牲が出てしまったな」


 俺は焼け野原になった広場の中央付近に横たわっている数名の犠牲者を見る。

 ブレスの直撃を受けてしまった彼らは、すでに絶命していた。

 クレアさんが彼らの亡骸に歩み寄り、黙祷を捧げる。


「守れなくて、すまなかった……」


 彼らがせめて安らかに眠れるように、俺も祈りを込める。

 息絶えた彼らは大地の恵みとなった。

 やがて魂は循環し、新たな生命として再びこの世界に生まれ落ちるだろう。


 死者への黙祷を終えたクレアさんは、村人達に向かって声を張り上げた。


「上級悪魔を倒したとはいえ、油断はできない! また新たな強敵がこの場に現れるかもしれぬ! ひとまずは子供達を我の屋敷に避難させろ!」


 子連れの村人は、クレアさんの言う通りに屋敷へと駆け出す。

 エリーゼもまた、フェイを含めた孤児を連れて裏口から屋敷に入っていった。


「リオン、身体は大丈夫ですか?」


 フィオナが俺を心配してくれる。

 少しばかり頬と服の一部が焦げていたが、大きな傷は全く無い。

 泣きそうな表情になっているフィオナの頭に手を乗せた。


「大丈夫、なんともないよ」

「そうですか、良かった」


 胸に手を当て、安心したように微笑むフィオナ。

 俺は空を見て、独りごちる。


「それにしても、空からやって来るとはな。あんな怪物はもういないと信じたいが」

「そうですね。あのような悪魔が何体もいたら、命がいくつあっても足りません」


 戦闘の音は依然として各所から響いている。

 今この時にも自警団員と悪魔は戦っており、油断はできない状況だった。


 マシロやクロエ達の動向も気になる。

 もしかしたら飛竜型の悪魔が避難所に飛行しているのを目の当たりにしていて、進行方向を変えている可能性があった。


 俺達の様子を見に来てくれたクレアさんが、神妙な顔つきで呟く。


「この場所も安全ではない。先ほどの戦闘で村人達が密集していることを悪魔どもに察知されているかもしれぬ」

「ならばもう、村のどこにいても安全ではないということですね」

「その通りだ。いっそ村人を散らせたほうが、犠牲は少なく済むだろうな」


 クレアさんの言う通り、また上級悪魔が襲ってきた際に広場に集まっていては一網打尽にされるだろう。

 集団を複数に分け、その集団の中に魔導士を一人配置させて、村の各所に散らばらせるのはどうだろうかと提案する。


「ふむ、それがいいだろうな。さっそく村人達に知らせよう」


 クレアさんは頷いて、俺達の前から去っていった。

 やがて村人達は複数の集団と化し、クレアさんの先導により避難所を離れていく。


「私達はどうしましょう?」

「とりあえずはマシロとクロエ、ユーノを探しに行きたいところだが」

「そうですね。もはやあなたに戦ってほしくないとわがままを言っている状況ではなくなりました。リオン、どうか私や皆を守ってください」

「ああ、任せておけ」


 フィオナに微笑んだ――その時。

 上空に異様な雰囲気を感じ取った俺は、長剣を構えた。


「この気配は……ヤツか」


 空を見上げれば、無数の黒点がこちらに飛んでくるのが見える。

 その数の多さに、思わず背筋が凍った。

 黒点の数は見る見るうちに増えていき、その一つ一つが悪魔だというのだから、戦慄せざるを得ない。


 そしてやはりと言うべきか、飛行している悪魔達の先頭には、一際大きな上級悪魔の姿があって。


「リオン……あれが……」

「ああ、破壊魔だ」


 次々と広場に降り立つ悪魔どもを目にして、わずかに残っていた村人が悲鳴を上げて逃げ去る。

 俺もまたフィオナと共に広場から逃走しようとしたが――。


「おおっと、待ちな、魔導剣士」


 俺達を阻むように大地に降り立ったのは、破壊魔だった。

 ヤツは複数の下級悪魔を後方に引き連れており、ここから先は一切通さないとばかりに立ちはだかる。


「カカッ、また会えて嬉しいぜ、魔導剣士」

「俺は二度と会いたくなかったがな、クソ野郎」


 長剣の切っ先を向け、吐き捨てる俺に、破壊魔は笑う。

 俺達を取り囲むように、周囲に溢れていく下級悪魔。

 もはや小規模の軍勢と化した相手の勢いに気圧されつつも、俺は長剣を構え続ける。


 さぁ、覚悟を決めろ。

 もはや逃走する余地はなし。

 ならば戦え。

 戦って勝利し、大切な妻を守り抜くんだ。


 己を叱咤し、足腰に力を入れた。


 ――その瞬間。



「遅れてすみません。シア・ドゥ――戦闘を開始します」


 短く声が聞こえたと思えば。

 後方で轟音が鳴り響き、悪魔達が瞬時にまとめて数体吹き飛んできた。

 一体何が起こったのか分からない。


 思わず俺と破壊魔は、後方へと視線を向けた。


 そこではシアが拳を地面に突き刺しており、大地を陥没させていた。


「シア! 今までどこにいたんだ!?」

「……フェイちゃんに会うために孤児院へと赴いていたのですが、途中で迷子になってしまって」

「なるほど、それで村の中を彷徨ってたわけか」


 シアは地面から拳を引き抜き、構えを取ってみせる。

 突然現れ、味方の数体を吹き飛ばした伏兵を悪魔達は障害とみなしたのだろう。


 そしてついに、戦闘の狼煙は上げられた。


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