第44話 再襲撃

 昼過ぎ、家の裏庭で俺は木刀を持って修練に励んでいた。

 最近はマシロとクロエの特訓ばかりで、自分を鍛えることを疎かにしていた。

 たまには剣を振っておかないと、戦闘技術は鈍ってしまう。


 しばらく木刀を振り続けていると――。


 村に危機を伝える警報が、大きく鳴り響いた。


「……来たか」


 俺は木刀を投げ捨て、すぐさま家へと戻る。

 居間では、警報を聴いて怯えているフィオナが立ちすくんでいた。


「リオン、また悪魔が……」

「だろうな。さあ、避難するぞ」


 長剣を腰のベルトに装着し、フィオナの手を取った俺は家を飛び出した。

 村人達は一度目の襲撃よりもスムーズに避難所に駆け出していた。

 日頃の避難訓練が功を奏しているのだろう。

 以前のように慌ただしく騒ぐ者や怒号を放つ者はいない。


「ねえ、リオン。マシロちゃんやクロエちゃんは大丈夫でしょうか」

「この時間帯はユーノが一緒にいるはずだ。あいつに任せておけば、どうにか二人を運んできてくれるはず」


 俺は事前にユーノにはマシロとクロエのサポートをしてくれと言いつけていた。

 ユーノはとにもかくにも体力がある。その気になれば二人を担いででも走れるはずだ。


 遠くで剣と魔法の音が鳴り響いている。

 前回の襲撃とは違い、あらかじめ自警団員と魔導士に村の出入り口付近を見張らせていた。

 さっそく悪魔と交戦しているのであろう彼らの健闘を祈りつつ、俺とフィオナは避難所へと辿り着いた。


「来たか、惚気夫婦よ」


 避難所の広場で出迎えてくれたのは、珍しく武器を装備しているクレアさんだった。

 小柄な体躯に不釣り合いな大剣を背中に装着しているクレアさんは、しかし一切体幹を乱さずに歩み寄ってくる。


「今回は貴様は戦わんのか?」

「自警団員のサポートを――と言いたいところですけど」


 俺はフィオナと視線を合わせる。

 愛する妻は真剣な表情で、首を振った。


「というわけです」

「ほう、妻のわがままに従うというわけか」

「俺が何よりも大事なのは、他ならぬフィオナですから」


 まずはフィオナを広場に待機させ、俺は避難民の中に知り合いがいないか探して回った。

 マシロとクロエ、そしてユーノはいない。彼女達の両親も同じく。

 アルフの姿もなかった。


 エリーゼが引率してきた孤児院の子供達を見ると、ロコを抱えているフェイの姿があった。


「センリは恐らく交戦中だろうな」


 クレアさんが鍛えた懐刀が村の危機に応じないはずがない。

 あとはシアだが……どうやら避難所にはいないようだった。

 すでに悪魔とやり合っているのだろうか。


 フィオナとクレアさんのもとに戻り、状況を伝える。


「ふむ……三馬鹿娘と灰色髪の小僧はいないか。奴らの家は少しばかりここから遠い。今頃は必死に走っている最中だろう」

「俺が様子を見に行きたいところですが……フィオナと共にいると誓ったので動けません。できればシアに頼みたかったのですが」

「あやつもまた行方不明だ。どこで油を売っているのか我も分からん。まったく、肝心な時に……」


 不機嫌に鼻を鳴らしたクレアさんは、広場全体に響くほどの大声を出した。


「皆のもの! しばらくはここで待機しろ! いずれは雄々しき戦士達が悪魔を討ち取ってくれるであろう!」


 すると各所から、歓声にも似た声が上がった。

 その声は希望に満ち溢れており、誰一人として絶望している様子はない。

 村人達は、この村の防衛隊を心から信じている。

 彼らは、絶対に悪魔どもから村を守ってくれる。





 その希望を打ち砕くかのように。


 俺は突然暗くなった周囲を訝しんで、空を見上げた。


 俺達の頭上には――。



「あらあら、無力な人間どもが粋がっているわね」


 まるで飛竜の如き姿をした上級悪魔が、避難所の上を悠々と飛行していたのだ。

 その巨体はワイバーンやコカトリスを軽く凌駕しており、奴がこの広場に降り立っただけで多数の人間が押し潰されるのは想像に難くない。


 しかし、飛竜型の悪魔は大地に降り立ってこなかった。

 その代わり、奴は最悪なことに。


「じゃあ、ディアブロスの命令通り――ブレスで焼き払ってしまおうかしら」


 そう言って、牙の並んだ口を大きく開いた。

 背筋が凍りつくのを必死に堪えて、俺はフィオナを地面に押し倒して覆いかぶさる。

 そして背中に魔法障壁を展開。


 次の瞬間、大気を揺るがす熱気と衝撃が全身を包みこんだ。


「ぐっ、おおおおっ!」


 展開した魔法障壁が一瞬で破壊されたのを感じ取った。

 俺はせめてフィオナだけは守るため、彼女の全身を包み込むように抱きしめる。

 やがて、衝撃は収まった。


「リ、リオン……」


 目の前の妻が、震えた声を発した。

 俺は起き上がり、周囲を見回す。


「これは……」


 周囲に広がっていた悲惨な光景に、俺は自分の目玉を抉り出したい衝動に駆られた。

 俺達のいた広場の一部が、見るも無残に焼け焦げている。

 ぷすぷす、と燻った大地の中には――炎で焼かれた数人の村人がのたうち回っていて。



「貴様ァァァァァ――ッ!」


 刹那、そばにいたクレアさんの咆哮が響き渡った。

 その怒りの咆哮に対し、飛竜型の悪魔は俺達を見下ろしながら嘲笑う。


「あら、存外しぶといじゃないの、あなた達。まあ、次の一撃で灰となりなさいな♪」

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