第43話 フェイとシア

 フェイと一緒に屋敷へ行くと、眠りかけていた不機嫌なクレアさんがロビーに出てきて、フェイが怯えた。


「抑えてくださいクレアさん。フェイが泣いてしまいますよ」

「この小娘が泣いている姿など見たことがない。まぁ、よかろう」


 クレアさんは不機嫌ながらも、うとうとしている。

 小さな頭がゆらゆらと揺れており、今にもこの場の床に突っ伏して寝てしまいそうだった。


「クレアさん、俺達はシアさんとゆっくりしておきますから、ご自分の部屋で寝ておいてください」

「そうしよう。くれぐれも騒いでくれるなよ?」


 そう言ってクレアさんは自室へと戻っていった。

 事前に書庫の位置を教えてもらったので、俺とフェイは手を繋いで書庫に向かう。


 廊下をしばらく歩けば、書庫に通じる扉がある。

 一応ノックをしてみた。

 すると、中から透き通った綺麗な声が響く。


「クレア……ではなさそうですね。屋敷の持ち主がわざわざノックするわけないでしょうし」

「俺です、リオンです」

「先ほどの人ですか。何か言い忘れたことでも?」

「いえ、そういうわけではなくて。実はシアさんに会わせたい子がいるんです」


 ぎぃ、と音を立てて扉は開かれた。

 扉を開けたシアさんは、俺と手を握っているフェイの姿を見て、微笑む。


「その子が私に会わせたい子ですか?」

「そうです。シアさんの描いた絵本のファンでして……ほら、フェイ。自己紹介してくれ」

「あ……う……」


 俺が促すも、フェイは憧れのシアさんと対面できて頭が混乱しているのであろう。

 言葉にならない声を何度か発するばかりであり、頬が見る見るうちに赤くなっていく。

 そんなフェイの横髪を、シアさんは優しく手のひらで撫でてやった。


「落ち着いてください。私は逃げも隠れもしませんから」

「あ……えっと……フェイ」

「フェイちゃんですね。私はシア・ドゥと申します。どうやらあなたは私のファンらしいですね」

「うん……シアさんのえほんがすき……」

「ありがとうございます。その言葉は作者として冥利につきますよ」


 立ち話もあれですし、中に入っては――そう言われて俺とフェイは書庫に足を踏み入れた。

 書庫はまるで図書館のようで、多くの棚の中に本がぎっしりと詰め込まれている。

 古ぼけた書物の匂いがする中で、フェイはきょろきょろと視線をさまよわせた。


「フェイちゃん、とりあえず椅子に座りませんか?」


 シアさんが視線を向けたのは、横に大きく広がった長椅子だ。

 彼女が長椅子に座ると、フェイもまた座った。

 ……シアさんの膝の上に。


「あら、椅子より私の膝のほうがお好みですか?」


 こくこくと二度頷いたフェイ。

 シアさんはそんなフェイの身体に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。

 そして若干艷やかな吐息混じりの声で言う。


「あなたは可愛い子ですね……可愛すぎて、食べちゃいたいくらい……」

「あの、シアさん? 大丈夫ですか?」

「なにがですか?」

「いや……顔が赤いですよ。熱でもあるんじゃ」

「熱は確かにあるかもしれませんね。でもこれは風邪の熱ではなくて……」


 それ以上は何も言わず、ただフェイを抱きしめて微笑むシアさん。

 その真っ赤な瞳はフェイを舐め回すように見ていて、まるで肉食獣が草食獣を狙っているような視線だ。


 まさか、この人は……。


「シアさん……あなたは」

「ああ、そう言えばリオン、敬語は結構ですよ。さん付けもいりません」

「そ、そうか……じゃあ、シア。あんたはもしかして、その……子供好きなのか」

「はい。子供は大好きですよ」


 無表情で答えるシアの目は、やはりフェイに向いていた。

 子供好きと言っても、色んな意味がある。

 単純に子供の愛嬌溢れる姿が好きだったり。

 あるいは、子供を性の対象として見るような性的嗜好が歪んでいる場合もある。


 勝手な憶測だが、シアはどちらかというと、後者に思えた。

 

「ふふふ、フェイちゃん。今日はこの屋敷に泊まっていきませんか?」

「え、いいの? でも、そんちょうが」

「ええ、いいんです。クレアには私が伝えておきますから」

「ちょっと待ってくれお前ら……勝手に決めるな」


 宿泊はさすがにエリーゼを介さないとまずいだろう。

 そう伝えると、シアは若干頬を膨らませた。

 未練がましいようにフェイの頭を数回撫でる。


「そうですか……あの猫かぶり令嬢には会いたくありませんね」

「猫かぶり令嬢とは、エリーゼのことか?」

「それ以外に誰がいるんですか。まったく、あのふわふわ金髪ときたら、まさかこの村で孤児院のシスターをやっていたなんて」


 どうやらシアはエリーゼをあまり快く思っていないらしい。

 口調に明らかな苛立ちを滲ませており、吐き捨てるようにシアは言う。


「とにかく、今日は泊まることはできませんね。でしたら夕方になるまで、一緒に遊びましょうか、フェイちゃん?」

「うん。シアさんとあそぶ」


 フェイはシアの膝元で振り向いて、白ワンピースの胸元にすりすりと頬を擦り付ける。

 シアはフェイの愛情的な行為に、瞳を潤わせた。


「本当に可愛い子……一緒に寝られないのが残念です」

「一応聞いておくが、その寝るという言葉は普通にベッドを共にするという意味だよな?」

「当たり前でしょう? 一体何を言っているのですか、リオンは」


 ジト目で睨んでくるシア。

 フェイは意味がわからないと言ったふうに、ただ首を傾げているのだった。

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