第42話 頼もしき援軍?

 今朝、突然家に来訪してきたクレアさんに連れられ、俺は屋敷に訪れていた。

 ソファに座らせてもらい、淹れられた紅茶を三人で味わう。


 そう、三人だ。

 俺とクレアさん、そしてもう一人、対面する位置に座っている少女。

 少女は白い長髪を垂らしており、これまた白いワンピースのドレスを着ている。

 肌の色素が異常に薄く、瞳はクレアさんと同じく真っ赤で、どことなく深窓の令嬢を思わせる容姿だった。


「ようやく援軍がやってきたぞ、小僧」


 クレアさんが少女のむき出しの肩をバシバシと気安く叩きながら言った。

 

「はぁ……この人が……」


 俺は紅茶を一口飲んで、白髮の少女と目を合わせる。

 少女は鮮血を思わせる瞳で俺を見て、ぺこりと頭を下げた。

 そして、綺麗なソプラノの声を出す。


「クレアに呼ばれてやってきました、シア・ドゥと申します」

「シア・ドゥ……? あなたはもしや、あの絵本作家の……」

「ご存知でしたか。確かに私は絵本や小説の作家を兼業しています。ちなみに、本業は情報通です」

「じょ、情報通ですか」


 それはまた、奇特な本業だ。

 シアさんはどうやらクレアさんの旧友らしく、先ほどから親しげな様子だった。

 

「援軍と聞いていたから、てっきり他の街の自警団員が複数人来るのだと思ってましたけど」

「安心しろ、こやつはそこらの自警団員よりも頼りになる」

「あまりあてにしないでください、戦うのは得意ではないので」


 シアさんはそう言ってじっとりとした目をクレアさんに向けた。


「そもそもクレア、あなたが前線に出ればいいでしょうに」

「馬鹿者め、老人に戦いなどやらせるな」

「老人と言っても、あなたの身体は経年劣化しないはずですが」

「肉体は劣化しないが、精神は違う。昔みたいに血を見ても興奮しなくなった」

「はぁ、だからやる気も出ない、と」


 呆れたように溜息をつくシアさんは、再び俺を見る。

 じっとりしたタレ目の視線が、俺の頭から足元まで注がれた。


「あなたはそこそこ、強そうですね」

「見ただけで分かるんですか?」

「はい、大体の実力は把握できますよ」


 シアさんは紅茶を飲み干して、ソファから立ち上がった。


「私は久しぶりにこの屋敷の書庫で読書に没頭します」

「相変わらずの引きこもりめ。少しは外に出て日光を浴びんか。亡霊みたいな肌をしおって」

「あなたに言われたくないんですが……」


 クレアさんの皮肉じみた言葉を無視して、シアさんはロビーからいなくなった。

 シアさんが去ったロビーで、俺はクレアさんに問う。


「本当にあの人が援軍なんですか」

「そうだ。頼もしき援軍だぞ、少しは喜ばんか」

「喜べと言われましても、本人は戦うのが得意ではないらしいですが」

「あれはただの謙遜だ。あやつはああ見えて結構強いぞ。まぁ、我ほどではないが」

「そう言えば、クレアさんも戦えるんですか?」


 俺の問いに、クレアさんはにやりと犬歯を出した。


「戦えるとも。その気になれば、だが」

「気まぐれですね」

「なにせ老竜だからな。昔ほど率先して戦おうという意思も湧いてこなくなった」


 クレアさんもまた立ち上がり、あくびをしてロビーから立ち去ろうとする。

 俺はクレアさんの揺れる尻尾と小さな背中を見送って、屋敷を後にした。



 クレアさんの屋敷を出た俺は、エリーゼの孤児院に出向いていた。

 孤児院の扉を開くと、子供達が礼拝堂に集まっているのが見える。

 だが、その中にフェイの姿はなかった。


 エリーゼが俺に気付き、ぱたぱたと近寄ってくる。


「あら小鳥さん。今日は何用かしら」

「フェイに朗報だ。あの絵本の作家が今、村長の屋敷にいる」

「あらまぁ、あの出不精のお方が村長の屋敷に?」

「その口ぶりだと、エリーゼはシアさんの知り合いか」

「そうね、知り合いよ。と言っても、三年前に一度だけ会ったっきりだけど」


 三年前という言葉が気になり、詮索してみようと思ったが。

 エリーゼは背中を向けて、フェイを呼びに礼拝堂を出ていってしまった。

 仕方ないので、エリーゼがフェイを連れてくるまで子供達の相手をする。


 しばらく子供達と遊んでいると、フェイの手を握ったエリーゼが戻ってきた。


「リオン!」


 フェイは俺を見た途端、ばっと駆け出してきて、胸に飛び込んできた。

 フェイを抱きとめた俺は、さらさらとした髪を撫でてやる。


「なんだか久しぶりだな」

「うん。きょうはどうしてきてくれたの?」

「フェイに伝えたいことがあってな。なんと、あの花の絵本を描いた人が村長の屋敷にいるんだ」

「……!」


 フェイは目を見開いた。

 どうやら驚いているようだ。


「ほんと? シアさんが?」

「ああ、会いに行けばどうだ?」

「……でも、そんちょうがいるから」


 フェイはクレアさんとあまり会いたがらない。

 たぶん、あの傲岸不遜な態度が苦手なのだろう。


「なら、俺が一緒について行ってやろうか?」

「うん。リオンもいっしょにきて」


 早足に孤児院を出ていくフェイ。

 俺は苦笑しつつ、幼き少女の後を追うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る