第41話 幸せなひと時

 満月が村を照らす夜。

 俺とフィオナは入浴を終え、布団の中で抱き合っていた。

 いつも通り衣服は何も身に着けておらず、生まれたままの姿で肌を密着させる。


 フィオナは時おり俺の下腹に手を伸ばし、愛おしげに撫でてくれる。

 お返しに柔らかな乳房や尻を撫でてやると、彼女はじれったいような吐息を漏らした。


 しばらく肌の密着感を楽しんでいたら、ふとフィオナの碧眼が俺を見上げる。

 そして、静かな声で彼女は言った。


「ここ最近は平和ですね。あの時の騒動が嘘だったみたいに」

「そうだな。だが安心はできない。あいつらはそのうち、必ずまたやってくるだろう」

「ですね……まったく、人騒がせな連中です」


 溜息をついたフィオナは、ぎゅっと俺の胸板に顔を埋めた。

 背中に腕を回してやると、すりすりと頬を胸に擦りつけられる。

 フィオナは毎夜、俺にこうやって自分の匂いを押し付けていた。


「そういえば……マシロちゃんやクロエちゃんと仲良しですね、リオン」

「なんだ、突然どうした」

「いえ、別に大したことではないのですが、最近リオンは私にかまってくれないなーと思いまして」

「かまっているだろう。こうやっていつも抱き合っているじゃないか」

「夜はそうですが、昼間ですよ問題は。私をほっといて、マシロちゃんやクロエちゃんの特訓に行ってしまうじゃないですか」


 それは仕方ないだろう。

 マシロとクロエの特訓は必要だからやっているのであって、決してフィオナを放っておこうとか、無視しておこうとか思っているわけではなかった。


 ただまぁ、それはフィオナも分かっているのであろう。

 彼女はどことなく拗ねた口調で、なおも俺を責め立てる。


「リオンは女の子にモテモテですよねー。いっつも周りに美少女を侍らせて、イチャイチャして」

「侍らせるってお前……別に俺はそんなつもりじゃ」

「リオン自身はそう思ってなくても、周りの人達がどう思うかです。はたから見れば、ハーレムを結成しているイケメンですよ、あなたは」


 そうか。俺はハーレムを結成しているイケメンか。

 そう言われると半分はそんな気がしてきた。

 確かに俺はマシロやクロエ、そしてユーノと村を歩くことが多いし、時にはエリーゼやサーシャさんと酒場で酒を飲み交わすこともある。


 イケメンかどうかは置いといて、ハーレムを結成している件については否定できない。

 それでも俺の妻はフィオナだし、夜の営みもフィオナ相手としかしていない。

 それだけは確かだろうと愛する妻に言ってみれば。


「ふーん」

「ふーん、ってなんだ」

「べっつにー。私は他の女の子にデレデレするリオンが見たくないとか、そんなこと一切思っていませんからー」

「要するに嫉妬してるのか、フィオナ」

「だからそんなことじゃないです。ばか」

「ばかとはなんだ、ばかとは」

「ひゃんっ!?」


 両の乳房を少し強めに揉みしだいてやると、フィオナは嬌声を上げる。

 そして膝でゲシゲシと俺の股間を叩きながら、抗議してくる。


「痛いです、ばかリオン!」

「お前がさっきから変なこと言うからだろ、ばかフィオナ!」

「全然変なことじゃないです、至極当然のことです!」


 布団の上でもみくちゃになる俺達。

 全裸で身体をぶつけ合っていると、お互いのあんなところやこんなところが直に触れたりするのだが、そんなの今更気にするような間柄じゃなかった。


 月の光が照らす中で、ちょっとした喧嘩をした俺とフィオナ。

 しばらくすると熱が冷めてきて、放り投げてしまった掛け布団をもとの位置に戻してから、再び抱き合う。


「フィオナ、愛してる」

「唐突にささやいて誤魔化そうとしたって無駄です」

「じゃあ、世界で一番愛してる。お前とずっと一緒にいたい」

「……む、無駄だと言ったら無駄なんです」


 ちょっとだけフィオナの声が震えている。

 歓喜を押し殺しているのか、それとも感激で泣きそうになっているのか。

 もしかしたら本当に怒っているのかもしれないが。

 俺はとりあえず、脳裏に浮かんでくる愛の言葉を片っ端からささやいてみた。


 効果はてきめんだったようで、フィオナは段々と身体をもじもじさせてくる。

 いつもならここで彼女がおねだりしてきて、夫婦の営みに直行するところだが。

 今日のフィオナは一味違った。


 突然俺に背中を向けたフィオナ。


「ばかばか、ばーか。リオンは相変わらずスケベで女ったらしなのよ」

「フィオナ?」

「大体、あたしを世界で一番愛してるっていうのなら、他の女の子とイチャイチャするのやめなさいっての。そんなんだから節操なしのハーレム気取り野郎だとか言われるのよ、このあほリオン」

「昔の口調に戻ってるぞ」

「わざとよ。たまにはこんなあたしもいいでしょ? ほら、もう一度愛してるって言いなさいよ?」

「愛してる」

「……ほんとにばか」


 フィオナは勢いよくこちらに振り向いて、いきなりキスしてくる。

 唇と唇が少しだけ触れ合って、離れてを繰り返す、ついばむようなキス。

 やがて顔を離したフィオナは、にっこりと笑った。


「あたしもリオンを世界で一番愛してる。ずっと一緒なんだから」


 月明かりに照らされた妻の笑顔は、紛れもなく最高に可愛かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る