第33話 混沌
村中に危機を伝える警報が鳴り響き、住民は自警団の指示のもと、避難所に急いでいた。
突然すぎる悪魔の襲撃に、村人達は思考が追いついていないのだろう。
恐れで泣き叫ぶ者や怒号を放つ者。絶望的な表情で指示に従い走る者。
セロル村は今、混沌と化していた。
だが、そんな混乱の渦中でも俺の脳裏は、しばらく前のセンリの言葉を冷静に浮かび上がらせていた。
行商人が村の近辺で多数の悪魔を目撃している――その警告を思い出した俺は、家から愛用の剣を持ち出し、フィオナの手を取って走った。
「リオン、いったい何がどうなってるんですかっ!」
明らかな異常事態に半泣きの様相で叫ぶ妻。
俺は現在の状況を把握し、とりあえずはフィオナを落ち着かせるために穏やかな声音で言った。
「敵の襲来だ。セロル村は今、悪魔に攻め込まれている」
「そんな……どうしてっ!」
「恐らくは、この村が
魔王の配下には大勢の下級悪魔がいた。
三年前に討伐隊が討ち漏らした悪魔達が、復讐の鬼として勇者を倒すために襲来したのだ。
それを瞬時に理解した俺は、とにもかくにも妻を安全な場所へと避難させるべく、必死に走る。
自警団が指示する先は、クレアさんの屋敷に隣接した大広場だった。
そこまで走った俺は、すでに家族と共に避難していたユーノを見つけた。
「リオン! なんだかとんでもないことになってるねー!」
「そうだな。とんでもない非常事態だ」
ユーノはこんな状況でも八重歯を出して笑っている。
どのような事態でも明るい猫娘の姿にフィオナは安心を得たのだろう。
涙をぬぐい、表情を引き締めた妻は、腰に手を当てて気丈に振る舞う。
「きっと大丈夫です。この村には自警団の方々がいます。それに、観光として訪れていた各地の戦士達も悪魔の殲滅に力を貸してくれるでしょう」
「ああ、恐れることはない。だからフィオナ、ここで少し待っていてくれないか?」
「リオン……」
「大丈夫、ちょっと友達をこっちに連れてくるだけだから」
避難所には孤児院の子供達とエリーゼの姿があった。もちろんフェイも一緒である。
だが俺は、幼馴染同士の白髮と黒髪の少女達がいないことに気付いていた。
「ユーノ! フィオナを頼んだぞ!」
「あいさー! いってらっしゃい、魔導剣士さま!」
「リオン! 無茶しないでくださいね!」
二人の言葉に頷いた俺は、すぐさまマシロとクロエを捜索するために駆け出した。
避難している村人達とは逆方向に走り、クロエの家を目指す。
遠くから聞こえてくるのは、剣と鉤爪の擦れ合う音。
村の内部に攻め込もうとする悪魔達を、自警団がギリギリで食い止めているのだ。
「頼む、二人とも――無事でいてくれ」
願いを込めて呟いた俺は、クロエの家のドアを開けた。
「クロエ! いるか!?」
「リオンさん、こっちです」
鈴のような声が聴こえたのはクロエの自室からだった。
部屋のドアを開くと、ベッドに腰掛けているクロエが静かに佇んでいた。
マシロの姿はない。
「クロエ、何をしているんだ。早く避難するぞ」
「それが……マシロがなかなか出てこなくて」
「マシロが? というかあいつはどこにいるんだ」
「このベッドの下です」
しゃがみこみ、ベッドの下を覗いてみれば、床とベッドの間に潜り込んで震えているマシロの姿があった。
「うぅ……怖い……」
「おいマシロ! こんなところで震えている場合か!」
「でも……こんなこと初めてで……クロエを守らなきゃって思っても、身体が動かなくて……」
「大丈夫、俺がついている。クロエと一緒に避難所へと急ごう」
ベッドの隙間に腕を差し込んでマシロの手を掴み、引きずり出す。
涙を流して震えるマシロに、クロエが優しく声をかけた。
「マシロ、大丈夫です。きっとなんとかなりますよ」
「そうかな……このまま村が壊滅したりしないかな……?」
「その時は一蓮托生です。私がマシロと一緒に死んであげます」
「お前ら……不吉なことを言うな」
たとえ村が滅びようとも、マシロとクロエは俺が死なせない。
命をかけて二人を避難させることを誓う。
ベルトに差した長剣の柄をそっと撫でた俺は、マシロとクロエを連れて避難所へ急ごうとしたが。
「クロエ、辛そう……」
「ごめんなさい、マシロ……走るのには慣れてなくて」
走ってもすぐにバテてしまうクロエ。
彼女のペースに合わせて徐々に徐々にと先へ進む。
避難所までの距離を半分は進んだ、その時。
俺達の前に、黒い大きな影が上空から降り立った。
「ひゃっはあああああ! 獲物見つけたぜええええ!」
ハイテンションにゲラゲラと嗤う下級悪魔が、俺達の道を阻む。
俺は長剣を鞘から引き抜いて、悪魔に向かって突き出した。
「邪魔だ。そこをどけ」
「嫌だねェ! どかしたいのなら力ずくでそうするんだなァ!」
「そうか。じゃあ殺す」
「ヤッてみろ、人間ッッ!」
悪魔の振りかぶった鉤爪と長剣が激突し、火花を散らす。
衝撃を上手く受け流し、鉤爪を弾き返した。
よろけた悪魔が体勢を立て直すよりも先に、喉笛へと剣の切っ先を突き込む。
「グエァッッ!?」
「死ね」
そのまま横に剣を滑らせ、悪魔の首を薙ぎ払った。
刎ねられた生首が地面に落ちる前に、悪魔の身体は淡い光となって消えていく。
「急ごう、二人とも」
長剣を鞘に戻した俺は、二人を先へと促した。
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