第32話 襲撃
約三年前、魔王は勇者に討伐された。
俺が産まれ落ちた西洋の大陸を支配していた初老の男――いわく東洋の和国出身だったらしいその男は、敵味方の誰もが認めるほどの猛者だったらしい。
魔王討伐の編成は王都で組まれ、その中には当時十七歳であったアイネ・ユーティアとその仲間たちが含められていた。
対し、俺は何をしていたかと言うと――王都から離れた街で、ただただ編成に加われないことを悔やんでいた。
なぜ俺が魔王討伐に加われなかったか、理由は簡単だ。
単純かつ物理的な問題――すなわち住んでいた街から王都まで移動する時間がなかったのだ。
魔王を討ち倒す計画は性急に組み立てられ、それが大陸全土に公表された時にはすでに遅し。
討伐隊はポータルキーで生成されたワープホールで魔王の君臨する城の近辺まで瞬間移動。
そうして、あまりにも唐突に戦いの火蓋は切られた。
当時の俺はカイルの率いるパーティとは別のパーティで活動しており、魔王討伐に加われなかった運の悪さに奥歯を噛み締めていた。
遥か彼方で激突する猛者たち。
故郷の村から出て二年、研鑽と努力を重ねた俺は、そこに混ざることはできない。
悔しかった。泣きたくなった。
今まで自分が積んだ経験は全て無駄だったのかと自棄になる。
そうして、魔王が勇者アイネ・ユーティアに討ち取られ。
俺はその吉報を知った当日に、パーティを離脱した。
心に巣食う喪失感を紛らわすために、しばらくは一人でギルドのクエストを受け、魔物相手に剣を振るう毎日。半ば八つ当たりじみた戦闘の数々は確かに俺の戦闘技術を格段に向上させたが……それがなんだ。もはやこの剣と魔法をぶつけたかった相手はこの世にいないのだ。強くなっても仕方がない。
クエストが終わった後は、自棄酒を吐くまで呑んだ。
虚しさに明け暮れてジョッキを傾けていた、その時。
『よぉ、お前さん。俺も一緒に混ぜてくれよ』
そう言って気安く隣の席に腰掛けてきたのが、他ならぬカイルであった。
俺は彼を最初は無視していたが、積年の友人のように話しかけてくるカイルのしつこさに呆れ返り、ジョッキの酒を呷って応えた。
『あんた、勇者パーティの一員か』
『おいおい、もう“勇者パーティ”なんていう集団は存在しないぜ』
『そうだったな。あの日、全ての勇者パーティが責務を失くした。心の準備を済ませる余裕すらなく突然にな』
『……もしかしてお前さん、魔王討伐隊に参加できなかったクチか』
『ああ。魔王を倒せる日を心待ちにしていたのにな。俺の知らないところで勝手に戦いは始まって、勝手に終わった。まったく……無念だ』
『だな。俺達も討伐隊には入れなかった。残念に思う気持ちはわかるぜ』
その頃からカイルはエミィとセシリアの二人をパーティに在籍させていた。
俺は気さくに話しかけてくるカイルに、これでもかと愚痴をぶちまけた後、死んだようにギルドの席で眠った。
受付嬢に起こされた時には、すでにカイルの姿はなかった。
だが次の日。
『よぉ、やっぱりここにいたか』
『この人が例の自棄酒さん? ふぅん、見た目は結構イケてるわね』
『こんにちは、イケメンのお兄さん! うちの勇者パーティ……じゃなかった、冒険者パーティに入っちゃいなよ!』
三者三様の言葉を投げかけてきたカイルとセシリア、そしてエミィ。
見事に個性が分かれている三人にパーティへと誘われた俺は――酒を呷ってからジョッキをテーブルに叩きつけ、にやりと笑って言った。
『ああ、お前達のパーティに加入しよう。俺はリオン。職業は魔導剣士だ!』
『げっ、器用貧乏の魔導剣士かよ』
『声をかけたことを後悔したわ』
『でもでも! 実は剣も魔法も最強な人かもよ! たぶん違うと思うだろうけど!』
『けっ、言ってろ。器用貧乏だって活躍できるって思い知らせてやる』
こうして俺は三年もの間、カイル達と冒険に明け暮れる。
だが、その日々もカイルの脱退命令により終わりを告げた。
「ふっ! はっ!」
俺は家の裏庭にて、一人で無心に木刀を振っている。
たまにこうして修練に没頭し、剣技を鈍らせないようにしていた。
目の前に架空の敵を想像し、その姿に向かって我武者羅に木刀を振る。
「リオン、お水を持ってきました。少し休憩してはどうでしょう?」
コップを手にしたフィオナが裏庭にやってくる。
俺は妻の姿を見て、急速に頭が冷えるのを感じた。
「ああ、そうする。水、ありがとう」
フィオナからコップを受け取り、一気に水を呷る。
喉を潤す冷たい感触。
額の汗を拭った俺は、フィオナに苦笑してみせた。
「こうして修練に明け暮れていると、昔を思い出すよ」
「昔とは、カイルさん達と一緒だった頃ですか?」
「いいや、もっと前だ。村を出た後の二年間、とにかく必死に剣と魔法を磨いていた頃さ」
俺とフィオナが家に戻りながら会話をしていると。
何やら辺りがざわざわと騒がしいことに気が付いた。
「なんだろう……村人達が騒いでいるな」
何気なく口にした瞬間。
俺の脳内が、何かに呼応するように警鐘を鳴らし始めた。
なんだ、これは。
長年鍛え続けた勘がそう告げて――。
「大変だ、二人とも!」
駆け寄ってきた村人が、慌てた様子で口にした言葉は。
「悪魔の群れが、この村を襲撃している!」
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