第7話 魔導具屋を経営しよう

 朝の日差しが眩しい。

 布団の上で目を細める。

 隣には、全裸のまま穏やかな寝息を立てているフィオナ。


 しばらくの間、愛する妻の寝顔を見つめていると。


「んっ……そこはダメです……リオン……」

 

 フィオナが寝言を口走る。

 一体どんな夢を見ているのやら……。

 むにゃむにゃと寝言を続け、掛け布団に内股を擦りつけているフィオナの様子に苦笑しつつ、俺は服を着た。


 今日は俺が朝食を用意しよう。


 台所の隅に置かれている簡易冷蔵庫を開けば、野菜と肉があった。


 フライパンで軽く炒めて、二人分の肉野菜炒めを作る。

 朝食をテーブルに並べる頃になって、フィオナがようやく目を覚ました。


「おはようございます、リオン……」


 目を擦って起き上がったフィオナ。

 そして、自分のあられもない姿に気付いたのだろう。顔を真っ赤にして、掛け布団で裸体を隠した。


「あ、あの……昨日は……」

「朝食、作ったから一緒に食べよう」

「は、はい。そうですね」


 あえて昨夜の行為については言及しないでおく。

 お互い恥ずかしいだろうし。


 朝食を食べ終わった俺達は、仕事について考えていた。


「やはり自警団に入るべきだろうか?」


 俺がフィオナにそう問うと、彼女は長いまつげを伏せた。


「私としては、リオンが危険に晒されるような職業はやめてほしいです」

「そうか。お前がそう言うなら、そうするよ」

「リオンは素直で良い子ですね」


 子供みたいに頭を撫でられた。

 一応、俺はフィオナより年上なのだが。


 俺の頭を撫で続けるフィオナを咳払いでやめさせて、もう一つの案を提示した。


「じゃあ、店を開くというのはどうだろうか?」

「いいですね! なんのお店にするんですか?」

「それなんだが……俺は魔導具専門の店を開こうと思ってる」

「魔導具屋というわけですね」


 そこでフィオナが何かを思い出しているかのように視線を虚空にさまよわせた。


「うーん、でもこの村には魔導士の方々は少なかった気がします。魔導具屋を開いたとしても繁盛するかどうか……」

「それは心配ない。魔導具というものは、別に魔導士だけが扱うものじゃないんだ。例えば」


 俺は台所の簡易冷蔵庫に目を向けた。


「あの冷蔵庫だって、魔法を利用して中身を冷却している。言ってみれば、あれも魔導具の一種だろう」

「なるほど、そう言えばそうですね」


 近年の魔導技術は飛躍的に成長している。

 昔は食材を冷蔵する箱なんて考えられなかったが、氷の魔法を道具に取り入れることによって冷蔵庫が発明されたのだ。


 噂によれば、別大陸の帝国では魔法で稼働する乗り物なんていう摩訶不思議なものまで普及し始めているのだとか。


 ちなみに東洋に位置する和国では、魔法の存在は一般的ではあらず、その代わり“妖術”と称される分野が研究されている。


「魔法を利用して動いているものはなんでも仕入れる。それならば魔導士以外の客だって増えるだろう」

「ふむふむ。詳細は分かりました。ですが、まずは店となる建物をどうにかしないといけませんね」

「それは……そうだな。金で空き家を買うか?」

「ふふ、こういう時は私達よりも大人の誰かさんに頼ることが先決ですよ」


 フィオナは昔のような悪童めいた笑みを浮かべた。


 そして、昼が過ぎ。

 俺達は人生の大先輩であるクレアさんの屋敷に訪れていた。

 豪奢なソファに腰掛けた俺とフィオナ。

 目の前のテーブルには紅茶の入ったカップが三つあり、俺達と対面する位置のソファにはクレアさんが素足を組んで座っていた。


「それで、貴様らの言い分はこうか。『魔導具屋を経営したいので、店となる空き家をください』」

「そういうことになりますね」


 俺は頷いて、カップの紅茶を口に含んだ。

 砂糖が入っているのか、甘い。

 クレアさんは不遜に顎を上げて、俺達を睥睨する。


「事情は分かったが、残念なことに店となるような空き家がない。新たに建築する必要がある」

「そうですか。金は払うので、俺達の店を作ってくれる業者を手配してくれませんか」

「そのつもりだ。明日には手配しておく」

「ならば金は今日払っておきます」


 俺はクレアさんが提示した金額を頭に入れる。

 資産の半分を失うが、まあこれは必要な出費だろう。


「我はまた寝る。金は夕方辺りに持ってこい」


 クレアさんは勢いよく紅茶を飲み干して、ソファから立ち上がる。

 そしてぺたぺたと裸足で床を踏み鳴らしながら、ロビーを後にした。


「村長……まだ寝るつもりなんですね」


 呆れているのだろう。

 フィオナが腰に手を当てながら、ため息を吐き出した。


「『老人はとにかく疲れる。ゆえに寝るのが仕事だ』、昔クレアさんが言っていたな」

「少しは早起きして、日中は身体を動かしたほうが健康にもいいと思うんですけどね。というか、そもそも村長は少女の身体をしているんですから、肉体的な疲労感は少ないはずなんですけど……」

「それもそうだな」


 要するに、クレアさんは単に寝坊助なだけなのだ。



 そして数日が経過した。

 クレアさんが手配してくれた業者の方々が、木々を運んだり、釘打ちをしている。

 店の位置は、俺の家からさほど遠くない位置の空き地に建てられることになった。

 一応、魔導具を試用する場のスペースも確保してある。


「まずは第一段階はクリアできそうだな」


 店が完成すれば、あとは魔導具の仕入れである。

 店員も、場合によっては雇わないといけないだろう。


 俺はこれから始まる新生活を期待して、年甲斐もなくワクワクするのであった。


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