第6話 結婚式

 教会には俺とフィオナを知る人達が集まっていた。

 幼い頃に世話になった大人達。

 眠たそうにあくびをしているクレアさん。


 そしてユーノもちゃんと来てくれていた。


「……ふにゃ……」


 ……長椅子に丸まって寝ているが。


 花嫁化粧をしたフィオナが、ユーノの様子を見て苦笑していた。

 俺達の前には神父がいる。

 その神父が結婚式の始まりを告げた。


「それでは、新郎新婦のこれからを祈って」


 平民である俺達の結婚式は貴族のそれとは違い、ささやかなものだ。

 ただ神父と知人に見守られ、新郎新婦が口づけを交わす。

 それだけの、儀式とも言えぬ舞台だが、俺は緊張していた。

 

 おそらく、フィオナもそうだろう。

 彼女の頬は赤く染まっており、俺と見つめ合うのが恥ずかしいのか、さきほどから視線をさまよわせている。


 神父がなにやら喋っているが、ほとんど聞き取れない。

 俺はひたすら、フィオナの美しい姿を見つめていた。

 クレアさんが発注してくれたエンパイアラインの花嫁衣装に身を包んだ彼女は、まさしく女神のようだった。


 そんなフィオナと目が合う。


「リオン、そんなに見つめられると照れます……」

「なに言ってるんだ。一生に一度の花嫁衣装だぞ? きっちりと目に焼き付けさせてもらうからな」

「もう……ばか……」


 フィオナがぷいっと視線をそらした時、神父が宣言する。


「さあ、お二人とも。誓いのキスを」


 いつの間にか式は終盤まで進んでいたようだ。

 座席の皆が俺達に注目する。

 この時だけはユーノも起き上がって、興味深そうにオッドアイの瞳をこちらに向けていた。


 キスか。

 確か頬や手の甲にするのが定石なのだが。

 俺はあえて、フィオナの唇に口づけした。


「……っ!」


 眼前のフィオナが驚愕で目を見開く。

 形の良い耳まで真っ赤にした彼女は、しかし抵抗しない。

 むしろ俺の両肩を掴んで、ぐっと引き寄せる。

 俺達の唇は、くっついて離れない。


 どれほどキスをしていただろうか。

 永遠にも一瞬にも感じた接吻が、俺達の唇が離れたことによって、終わりを告げる。


 その瞬間、会場を震わせるような歓声が湧いた。


「リオン、愛してます」


 まだ顔を赤く染めたフィオナが、そっと身体を寄せてくる。

 俺は彼女を包み込むように抱きしめて、ささやいた。


「俺も、キミを愛している。これから、共に人生を歩んでいこう」



 結婚式は無事に終わった。

 いつもの服装に戻ったフィオナと俺に、一番に駆け寄ってきたのはユーノだった。


「二人とも、おめでとー」


 にっこりと八重歯を見せて笑ったユーノ。

 俺は彼女の頭と猫耳をわしゃわしゃと撫でた。


「ユーノ、ちゃんと時間通りに来てくれてありがとうな」

「ええ、そうですね。てっきり大遅刻して式の途中で駆け込んでくるかとばかり思ってましたから」

「ふにゃ~。あたしも二人の晴れ舞台を見ておきたかったからにゃー。珍しく早起きしたよ」


 早起きと言えば、クレアさんもまた眠気を我慢して来てくれたようで。

 そんな村長は、式が終わった瞬間にさっさと教会を出ていった。

 あとは俺達の好きにしろ、ということだろう。


「じゃあ、皆に挨拶して回るか」

「そうですね。お父さんとお母さんをどうにかしないといけませんし」


 フィオナの両親はわんわんと泣いていた。

 やはり娘が嫁いでいったことに感動しているのだろう。

 俺の死んだ両親も、あの世で祝福してくれているだろうか。


「リオン、大丈夫ですからね」

 

 ふと、フィオナが俺の手を取った。


「これからは一人じゃありません。私がずっとそばにいますから」

「……ありがとう」


 もしかしたら俺は、自分でも気づかないうちに寂しげな表情をしてしまっていたのかもしれない。


 フィオナに手を引かれて、俺は彼女の両親のもとに連れられるのであった。


 そして、知人との挨拶を済ませたのちに、俺達は教会を後にする。

 道を歩きながら、機嫌よく鼻歌を奏でているフィオナ。


「これからどうする? 家に帰るか?」

「ええ、そうしましょうか、あなた」

「……なんだかそう呼ばれると照れるな」

「これからは何度もこう呼んであげますよ、あなた」


 道中でイチャイチャしつつ、小屋へ戻る。

 フィオナは今日から俺の家に住むことになっていた。

 まあ、夫婦だから当然なのだが。

 二人で生活するには、貯金が少し心もとないのも事実。


 冒険者パーティで稼いだ金はそれなりにあるのだが、これからのことを考えると職を見つけないといけないだろう。


 魔導剣士である身分を生かして、自警団にでも入るべきか。

 居間のテーブルで考えていると、隣に座ったフィオナが肩を寄せてくる。


「リオン、考え事ですか?」

「ああ、職のことでな。今後のためにも、ある程度は稼いでおこうと思って」

「そうですね。でも今はそんなことより……」


 フィオナはすっと俺の耳元に唇をよせて。

 吐息混じりの艷やかな声で言うのだった。


「今日の夜……初めてをしましょう?」


 なんの初めてを、と聞くのはさすがに無粋であろう。


 俺は愛しい妻の肩を抱き寄せて、こくりとうなずくのであった。

 



 

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