第5話 もう一人の幼馴染
フィオナとの結婚が決まった日の後日。
俺はもう一人の幼馴染であるユーノを探すため、村の中を歩き回っていた。
フィオナは結婚式の打ち合わせのため、クレアさんの屋敷に行っている。
村の皆からユーノの情報を聞き出しながら、行方を探す。
「ユーノの居場所? 分からないわね。あの娘はなにせ気まぐれだから。親の私にすら行く場所を教えないで出ていっちゃうのよね」
最初にユーノの家でお母さんに尋ねてみたのだが、実の母親にすら居場所は分からないらしく。
仕方ないため、俺は村の中を片っ端から捜索することにしたのだった。
そうして市場に辿り着いた俺は、ようやく彼女の手がかりを見つけた。
「ユーノちゃんかい? あの娘は最近、村を出た先の森にでかけてるらしい」
「森、ですか」
「ああ。この前、村の用心棒がユーノちゃんの姿を森の中で見たと言っていたよ」
野菜売りのおじさんが話してくれた手がかりをもとに、俺は村を出て森に向かう。
森の規模はさほど大きなものではなく、日が暮れる前には全域を捜索できる程度である。
深緑に染まった森を歩き、ときおり見かける小動物の姿に癒やされながら、先に進んでいく。
しばらく歩けば、木々や草むらが生い茂る先から、ちゃぷちゃぷと水の流れる音が聴こえてきた。
確かこの先には泉があるはず。
「おーい、ユーノ! いたら返事してくれ!」
俺は声を張って呼びかけてみるが、返事はなかった。
とにかく、この先の泉へと進むべきか。
草をかき分ければ、突然拓けた場所に出る。
日光が差し込んできたため、手をかざして目を細めながら見つめた先には、やはり泉があった。
その泉の水面に――全裸の女の娘が仰向けで浮かんでいた。
ピンクの髪と猫の耳は水に浸されており、顔と乳房、そしてお腹と股は水面から出ている。少女特有の瑞々しさ溢れる裸体を日光のもとに晒しながら、ユーノは泉にぷかぷかと浮かんでいるのであった。
「ユーノ、ここにいたんだな」
「……んにゃ?」
俺の呼びかけに、ユーノは視線だけをこちらに向かせた。
俺は泉のもとに近づいて、膝をつく。
透明な水を手のひらですくう。とても冷たい。
「こんな冷たい泉に、よく裸で浸かれるよな」
「獣人族は冷気に強いからねー。この程度の水温ならへっちゃらだよー」
ユーノはそう言って、くるりと水中で一回転。全身を水浸しにしながら立ち上がった彼女は、裸体を晒したままこちらに近寄ってくる。
俺はユーノの身体から視線をそらした。
あまりジロジロ見るのも悪いと思ったからだ。
だがユーノ自身は別に裸を見られることを何とも思ってないらしく、マイペースな足取りで俺の眼前まで寄ってくる。
そして上半身をかがめた彼女は、俺の顔をうかがうようにくりくりの瞳で見上げた。
「キミ、どこかで会ったかにゃ?」
「覚えてないのか……俺はリオン。五年前に魔王討伐を目指して村を出ていった魔導剣士だよ」
「んー、そっか。確かにあの頃のリオンの面影がある。久しぶりだねー」
そう言った彼女はぶるぶると身体を震わせて水滴を散らし、そばの樹のもとに置いてあった服を取った。
早々と着替えを済ませたユーノは「じゃーね」と手を振ったまま駆け出してしまう。
俺は慌ててユーノの背中に声をかけた。
「ちょっと待ってくれ! 大事な話があるんだ!」
「んにゃ? それはあたしの昼食よりも大事な話かにゃ?」
「たぶんそうだ。だから待ってくれ」
足を止めたユーノは、やはりマイペースにゆっくりと戻ってくる。
彼女の瞳は左右で色が違う。左目が金色で、右目が赤色。
無邪気なオッドアイの彼女に見つめられた俺は、言葉を紡ぐ。
「ユーノ、俺はフィオナと結婚するよ」
「そっか。めでたいにゃー」
「……感想はそれだけか?」
「そうだねー。他に言うことはないかも」
ユーノは未だに濡れていた前髪を弄りながら、なんでもないように呟く。
そんな彼女に、ちょっと呆れてきた。
「五年経っても全く変わってないな……」
「フィオナとは違って、変わる理由がなかったからねー」
「まあ、それはいいんだ。いま俺が言いたいのは、俺達の結婚式に来て欲しいってことだ」
「そゆことかー」
ユーノはしばらく逡巡する素振りを見せた後、猫耳をぴくぴくと動かして、こくりと頷いた。
「いいよ。結婚式に出る」
「ありがとう、ユーノ。ちなみに当日になってやっぱり行きませんは無しだからな?」
「分かってるって。んで、結婚式っていつやるの?」
「できれば、明日にでも。もう準備はあらかた終わってるらしいんだ」
「んにゃー。じゃー明日ね」
ユーノは今度こそ背中を向け、ふさふさの尻尾を揺らしながら去っていった。
「……本当に来てくれるんだろうか」
なにせユーノは気まぐれだ。
ひそかに不安を覚えつつ、俺もまた森の出口へと戻るのであった。
家に帰ると、フィオナが出迎えてくれた。
「ユーノはどうでした? ちゃんと見つかりましたか?」
「見つかった。きちんと結婚式のことを伝えてきたよ」
「じゃあ、ユーノは来てくれるんですね?」
「ああ、そう言ってたな」
そう伝えた途端、フィオナは顔をほころばせた。
「嬉しいです! あの娘が私達の結婚を祝ってくるなんて!」
「そうだな。俺も嬉しいよ。ユーノは大切な幼馴染だから」
俺達は二人して微笑みあった。
さあ、明日はいよいよ結婚式である。
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