第4話 昔の約束

 フィオナとクレアさんがひそひそと会話している。


「村長、例の件を本当に忘れてしまったわけではないでしょう?」

「まあ、そうだが……面倒なので忘れたことにしようと思ってな」

「そんな理由でなかったことにされては困ります!? 私は真剣なんですから!」


 例の件とやらが何かは全く知らないが、俺は言い合っている二人に声をかける。


「フィオナ、クレアさん。そろそろ俺は家に戻ろうと考えているんだが……」


 俺の言葉に、フィオナが慌てた素振りを見せた。


「あ、あの! リオンに大事な話があるんです!」

「大事な話?」

「そうです! いったん家に戻ってから話しましょうか!」

「ああ、分かった」


 なぜかあたふたしているフィオナを、クレアさんがククっと笑いながら見ていた。

 俺はそんなクレアさんに向かって頭を下げ、これまでの過去と、これからの毎日のことについて礼を言う。


「ありがとうございます、クレアさん」

「なんだ、急に礼などしおって。気色の悪い」

「両親を亡くして途方に暮れていた俺の面倒を色々とみてくれたことと、これからもこの村に住ませてくれることに感謝を伝えたくて」

「ふん、そんな礼などいらん。我はまだ寝足りないのだ。フィオナともども、さっさと家に戻らんか」


 鼻を鳴らしたクレアさんは、早々と屋敷に戻っていく。

 屋敷のドアが閉められたのを見てから、俺はフィオナと視線を合わせた。


「相変わらず変わってないな、クレアさんは」

「ええ、そうでしょう。伊達に長年生きてないから、五年ぽっちじゃ全然変わらないんですよね……私としては、もう少し素直になってほしいんですけど」


 俺としてもフィオナと同意見だが、まあ素直になったクレアさんなどもはやクレアさんではない気がする。


 いつも昼過ぎまで寝ていて、不遜で、口が悪くて……でも親を亡くした孤児の面倒を見てくれるような、そんな村長なのだ、あの人は。



 クレアさんの屋敷を離れた俺達は小屋に戻る。

 帰り道を歩いている時、フィオナは終始もじもじしていた。

 用を足したいのかと思ってそう言ってみたが、デリカシーが無いですよと怒られてしまった。どうやら違うらしい。


 小屋の居間に入った俺達。

 フィオナは俺の目の前に立って、真剣な表情をした。


「リオン、昔の約束……覚えていますか?」

「昔の約束……ああ」


 五年前、俺が村を出る直前。

 この小屋に突然押しかけてきたフィオナは、こう言ったのだった。


『あ、あのさ! もしあんたが魔王を倒してまたこの村に戻ってきたらさ――その時はあたしと結婚しなさいよ!』


「結婚の約束だったか」

「そ、そうです! 覚えてくれていたんですね!」

「当たり前だ。めちゃくちゃインパクトがあったからな。それで、フィオナはどうしたいんだ?」

「それは……も、もちろん……リオンには約束を果たしてほしいです」


 綺麗な顔をうつむかせて、指を絡めて、もじもじとそう応えるフィオナ。

 そんな様子の彼女を素直に可愛いと思った。

 フィオナと結婚、か。


「――しようか、結婚」

「え? あの……えっと」

「俺と結婚したいんじゃなかったのか?」

「それはそうなんですけど……意外と早く決断されて困惑してます……」


 それはそうだろうな。

 俺とて、こんなに早く答えが出るとは思わなかった。

 だが俺はフィオナのことが嫌いではない。むしろ大好きだ。

 それは今も昔も変わっていない。

 だから結婚するならば、彼女としたかった。


 フィオナと、生涯を添い遂げたい。


「フィオナ」

「はい、リオン」

「俺は君が大好きだ。愛している。だから、俺と結婚してくれるか?」


 フィオナの目尻から涙が溢れる。

 その雫を白魚のような指で拭った彼女は、微笑みながら俺のプロポーズに応えてくれるのであった。


「はい、結婚しましょう――私の愛する人」



 そういうわけで、俺はフィオナと結婚することになった。

 結婚式の準備は、なんとクレアさんがすでに整えてくれていたらしい。

 フィオナがクレアさんに言っていた例の件とは、俺との結婚についてだったのだ。


 とりあえずテーブルの前に隣り合って腰掛けた俺とフィオナ。

 この五年間の出来事を交互に伝えていく。

 これから忙しくなりそうだから、こういう二人の時間を遵守しよう。


「そういえば……あの娘はいまどうなっているんだ?」

「あの娘は全く変わってないですよ」


 俺の幼馴染はもう一人いる。

 俺が村を離れた頃は、彼女はまだ一二歳だった。

 つまり今は一七歳というお年頃な年齢というわけだが。


「彼氏とか作ってないのか、あいつは」

「そういう気配は全く無いですね。恋愛ごとに興味ないようです」

「あいつらしいなぁ」


 俺は軽く笑いつつ、もう一人の幼馴染の顔を思い出す。

 幼い顔つきの少女が、にひひとやんちゃな笑みをしている光景が浮かぶ。


「あいつにも、俺達の結婚式に来てほしいな」

「なら、会いに行きませんとね。でも、ちゃんと捕まえられるかしら?」

「どうだろうな。あいつは神出鬼没だし、逃げ足も早いからな」


 とにかく、明日から彼女を探そう。

 今日はひたすら、フィオナと共に過ごしていたかった。




 

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