第3話 小さな村長
「……きて……起きて、リオン!」
「……んん」
身体を揺さぶられた俺は、布団の中でゆっくり瞼を開けた。
目の前では金髪巨乳の美女が俺を見下ろしている。
一瞬誰かと思ったが、寝ぼけている頭が段々と覚醒してきて、昨日の記憶が蘇ってきた。
「フィオナ……おはよう」
「おはようございます、リオン」
朝の挨拶を返してくれたフィオナは、にっこりと笑った。
布団からのっそりと起き上がった俺は、ふと小屋のなかに香ばしい匂いが充満していることに気付く。
その時、俺の腹がぐうと音を立てた。
「そういや昨日から何も食ってないな」
「そうだと思って、朝食を用意しておきましたよ。いまテーブルに並べますから、リオンは顔を洗ってきてください」
フィオナの料理か。
過去を思い返せば、彼女があまり料理を振る舞ってくれたことはなかったはず。
さて、成長したフィオナの料理はいかほどなものだろうと洗面所で顔を洗って口をゆすいでから食卓へと来てみれば。
「おお……!」
テーブルには見事な料理が並んでいた。
野菜たっぷりのスープにケチャップとマスタードがかけられたホットドッグ。
唾液が湧いてきた俺は、さっそく椅子に座って料理を堪能することにした。
「うん。美味いよフィオナ」
「ふふ、そうでしょう? この五年間、地道に努力を重ねてきましたから」
「料理の努力を?」
「それ以外にも色々と、です」
魅力的な笑みを湛えつつウインクする幼馴染が最高に可愛かった。
ほぼ一瞬で朝食を食べ終えた俺は、フィオナに礼を言った。
「ありがとう。俺のために朝食を作ってくれて」
「いえ、このぐらいは……その……リオンのためですから!」
なぜか頬を赤くして言いよどんでいたフィオナだったが、すぐに表情を柔らかくして、これからのことを伝えてくれる。
「村に戻ったからには、まずは村長に挨拶にいかないといけませんね」
「あ……そうか。すっかり忘れてたな」
確かにここで暮らすからには、村長に報告するのがスジというものだろう。
それに村長には幼い頃から世話になっている。
五年ぶりに再会するついでとして、礼も伝えておこう。
「今すぐ行くか。フィオナはどうする?」
「私もついていきます。村長とは色々と話をしなければいけませんから」
何の話を、とは無粋だから聞かなかった。
外へ出る準備を終えた俺達は、さっそく村長の屋敷に向かう。
そして辿り着いた屋敷の前で、俺は感嘆の声を上げていた。
「外観が綺麗になってる。昔は廃墟みたいな感じだったのに」
「三年前に領主様が改修を行ったんです。村長は反対したんですけど、『魔王を倒した英雄の実家がこんなみすぼらしくていいわけないでしょう』と半ば無理やりにね」
「はは……村長も領主も相変わらずだな」
俺は貴族の屋敷めいた建物のドアをコンコンとノックする。
……だが、屋敷からの反応はなかった。
「いないのか?」
「いや、ほら……朝ですから」
「ああ。まだ寝てるのか。あの人らしいな」
さらにノックを何度か続けていると、ようやく屋敷内からドタドタと誰かがドアに近寄ってくる気配がした。
そして勢いよくドアが開かれる。
「――ええい、うるさいわ! こんな朝っぱらからどこの阿呆が我の眠りを妨げておる!?」
怒りを込めて声を上げたのは、一見すればまだ十代前半に見える少女だった。
鮮血を思わせる赤の長髪。ルビーのような瞳は爛々と輝いていて、容姿は精巧な西洋人形のように整っている。そして頭には二本の角が突き出ており、臀部には太い竜の尻尾が伸びていた。
竜人族の少女は、俺を見た途端、整った顔をしかめた。
「誰だ貴様?」
「俺です。リオンです。覚えていませんか?」
「……ああ、数年前に村を出ていったクソガキではないか。随分と風変わりしおって」
どうやら覚えていてくれたらしい。
この小さいロリっ娘こそが、まさしくセロル村の村長、クレア・ドーラ。
身体こそ少女だが、実年齢は100歳を超える老竜である。
「村長、リオンがようやく戻ってきたんですよ?」
「だからどうした、没落貴族の娘よ」
「えっと……その呼び方はやめほしいです」
「悪かった。ならばフィオナ、この男が戻ってきたことの何が気になるのだ?」
「それは……前に言ったじゃないですか!」
「ふむ、忘れたな」
あっけらかんに言い放つクレアさんに、フィオナが肩をすくめた。
そんな様子のフィオナを見て、クレアさんが綺麗な顎に指を当てつつ、思考しているようだった。
「やはり思い出せん。我はもう歳だからな。記憶力が衰えているのだ」
「……そんなこと言って、実は最初から忘れてなんかいないのでしょう?」
「なんのことやら」
クレアさんはククっと喉で笑うと、俺に向かって手を差し伸べる。
「我は別段、貴様を歓迎せんが、まあここに住みたければ勝手に住めばいい」
「はい、そうさせてもらいます」
俺は彼女の小さな手を取った。
ぷにぷにで柔らかい少女の手である。
その手のひらに、俺は確かな温かさを感じた。
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