第13話「決」

 翌日。


 朱有は杉の幹にもたれかかるように立ち、麓を見下ろしていた。

 今まで、誰かに姿を見咎められてはと、根元の叢に身を潜めてきた。しかし今は――そんなことを恐れる気持ちもなく、何より、誰もこちらを見上げたりはしないだろう。


 日差しに輝く水田の間を、葬列が進んでいく。


 棺に誰が入っているのかなど――考えるまでもなかった。


 から、ただ自分だけが、昨日までの日常を失ったのだと思っていた。自分が如何に悶え苦しもうと、村は変わらず平穏なのだ――そう思うたび、いきなり突き上げてくる激情が、心を深く抉った。

 だからこの場所に立ち続けたのだ。この無念を忘れないために。


 だが。


 本来であれば、疫病でもないのに、亡くなってすぐの埋葬などありえない。

 しかしあの葬列の、不自然なほどの進み具合といい、まるで忌まわしいものを早く遠ざけたいといわんばかりではないか。


 今、眼下の村の全てが、もう以前のそれとは違っているのだと思わずにはいられなかった。


 辺りの緑も、広がる水面にも、初夏を思わせる清爽な光で色鮮やかに輝いているというのに、粛々と進む白の集団は、死んだ従兄と同じ、言い知れぬ異様な気に覆い尽くされている。見ているだけで、息が詰まるような。


「まだ見ているの?」

 朱有はゆっくりと振り返った。柔らかく美しい笑顔が、そこにある。


「もう十分だよ。行こう」

 そう答えた自分が、笑顔さえ見せていることに朱有は気づいた。



                   ◆



 ふっと、目が覚めた。


 辺りはまだ闇に沈んでいる。

 

 いつもはなかなか寝付けない。板張りは背に痛く、目に入る全てを沈ませてしまう闇は、心奥のあらゆる澱みを、嫌というほど容赦なく、暴き出してくるから。


 だけど――悪夢で飛び起きるときであっても――気づいたら葉佳が傍にいて、優しく、根気強く、髪を撫でてくれた。そうすると波立つ水面が凪いでいくように、いつしか心が静まり、自然と眠りに落ちることができた。


 だが。


 しばし待ったが、きっと来ると思っていた葉佳が近寄ってくる気配は、まるでない。

 おずおずと、首を動かしてみた。

 しかし闇に慣れた目でも、堂内に他の気配を見出すことができない。なんだろう――胸がざわめき出した。


 突如、白い光が射し込む。

 雲が切れ、天上の割れ目から月明かりが差し込んできたのだろう。

 

 上体を起こした。だが、白々とした光が隅々まで満ちる堂内のどこにも、葉佳の姿はなかった。


 ――どこへ?


 不信に思った。

 だけど咄嗟に思った。


 ――今しかない、と。


 朱有はのっそりと立ち上がり、静かに堂の扉を開けた。

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