第11話「縺」

 昼下がり、朱有は杉の木の下に座っていた。いつものように。

 だか――彼は強く膝を抱えたまま唇を噛み、じっと眼下を凝視したまま、微動だにしなかった。傍に来た椋鳥にも目を向けず。


 行路神の前を、行列が通り過ぎた。

 白装束の集団は、捧げ持った棺を守るようにして、粛々と進んでいく。


 朱有は何度も、葬列の先頭から後尾まで目を流した。だけど、あるべきはずの村一番の豊満な肉体は、どこにも見つけられなかった。

 棺を捧げ持つ若者たちが、心なしかその重さに息を上げているようにも見える。

 

 列を先導するのは、伯父と、従兄。

 ではあの棺の中にいるのは――従弟なのか。


 まだ志学じゅうご。確かに肥り過ぎではあったが、病があるとは聞いたこともない。この間ときにも、頬はぱんぱんに張っていて、色艶がよかった。

 何か事故でも、という思いはすぐに打ち消した。そんなことがあったのなら、もっと大騒ぎになっているはず。誰かがちょっと怪我をしただけでも、皆がそれを話題にするような、平素何もない村なのだ。


 「なんで……」いつしか声が漏れていたけれど、その理由を知りたいという思いは、その実、朱有にはなかった。


 従弟は死んだ。それが目の前の現実だった。


『私がどうにかしてあげる』

 

 肩越し、ゆっくりと振り返る。

 葉佳が立っていた。「よかったわね」隣村の小寺に御座す弥勒菩薩を彷彿とさせる優しい笑顔で、彼女はそう言った。


 「うん」頷いた。

 その通り、よかったのだ。思い通りだ。人道を外れた連中に、天罰が下ったのだ。当然の報いだ。


 だけど。


 「よかった」継母のときは、確かにそう思った。「いい気味だ」「ざまあみろ」泣きながら笑い転げた。


 だけど胸の奥底に、重く蟠る何かがあるようにも感じていた。


 気のせいだと思ったし、そう言い聞かせてもきた。だけど今、「よかった」より強く、がはっきりと、胸を占めている。

 まだ一緒に住んでいた時、自分を「兄」と呼ぶ幼い従弟の、丸い笑顔が浮かんできて、どうしてなのか消えてくれない。


「じゃあ、もう帰りましょうか。さっきとても新鮮な果物を手に入れて――」


「ごめん。もう少しここにいる」

 軽やかな葉佳の声を遮るように、咄嗟に声を上げていた自分に、自分で驚いた。


 彼女の言葉に否を唱えたのは初めてのこと――たちまち動悸が激しくなるのを、朱有は自覚する。


 まるで仮面のように貼り付けられているいつもの笑顔が、にわかに消えた。


 息が止まる。

 袖の下でそっと握った掌が、やけに冷たい。

 朱有は慌てて目を逸らし、突如思い出して、葬列に目を投げた。随分と目を離していたと思っていたのに、墓地まではまだ随分と距離がある。


 葬列は粛々と進む。その足音が聞こえてきそうなほどの静寂が痛い。背中に冷たい汗が伝わるのが分かった。


 小さなため息。

「分かったわ。遅くならないうちに帰っていらっしゃいね」


 葉佳の声は、いつもの柔らかい声に思え、安堵する。だが。


「うん、分かった」


 朱有は振り向かないで、小さく答えた。

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