第10話「曝」

 目を開けると、堂内が明るい。


 そんなに飲んでないのに、あっという間に寝てしまった。久しぶりの酒だったからかな――ぼんやり天井を眺めていると、瞼が次第に落ちてくる。

 しばし微睡み、眩しさに目が覚めた時には、堂内はいつもよりずっと明るくなっていた。

 天井の割れ目から、光がまともに射しこんでいた。もう昼だ。


 上体を起こすと、かけられていた衣がするりと滑り落ちた。

 身体は重いが、頭はこれまでになくすっとしている。枕元に用意されていた水を一気に飲んだら、意識がよりはっきりした。

 こんなによく眠ったのは、どれくらいぶりだろうか。


 堂内に葉佳の姿はない。


 立ち上がって、扉を開ける。

 眩しいくらい明るい景色の中、木と木の間にかけられた紐に、昨日着ていた衣が吊るされ揺れているのが見えた。しかしそこにも葉佳の姿はない。

 また食料を探しに行ったんだろうか。昨夜のこと、まるで覚えていないけれど、変なこと言ったりしたりしてないよな? 思いながら朱有は、階段を下りて、裏手の杉林へと向かった。


 いつもより足元の影が濃く、短い。

 きっと葉佳がすぐ呼びに来るだろう。だったら、堂で待ってればいいだろうか。どうせ今日も昨日と同じ景色なんだから。でも何か気まずい……そんな思いで、朱有は歩を進めた。


 やがて目の前の風景が開けて――朱有は違和感を覚える。


 何だろう、何かがおかしい。朱有は眼下に目を凝らし、すぐにその理由に気づいた。


 田に人がいない。


 昼食を終えて、みな木の陰で休んでいるか、昼休みを終えて午後からの作業が始まるかの頃合いなのに、何故? こんな好天日、何もしていないなんて、ありえない。


 何かあったんだろうか――朱有は、斜面ぎりぎりまで歩を進め、できるだけ身を屈めながら、眼下に目を凝らした。すると。


 行路神の分かれ道から右手遥か先に、人が集まっているのが見えた。


 墓地。

 何だろう、どこかで急な不幸があったのだろうかと思ったが、衣が違う。みな、いつもの野良着だ。

 彼岸でもないのに、農作業をほったらかしで、どうして墓なんかに。


 みんなが囲んでいるのは、あれは――うちの墓じゃ……。


 「あなたのお家の墓が暴かれたみたい」葉佳の声。


 思わず振り返った。そのとき、突如あたりが暗くなる。

 見上げれば、雲一つない透き通った青空を、見事な黒羽を広げて悠々と飛ぶ鳥の姿。再び射しこんできた強い日差しを、朱有が左手を挙げて遮った。そのとき。


 ぼたり。

 何かが、落ちてきた。


 傍らに落ちたもの、それは、縁が反り返った赤黒い塊だった。

 掌に収まるほどのそれを摘まみ上げる。ごわついた手触り――それは引きちぎられた布の切れ端だった。

 僅かに折れ曲がった縁を、右の人差し指でおずおずと広げる。

 折れ目には、まだ乾ききってない赤い染み。そして僅かに残っている、紺色の生地。


この色。


これは、継母あの女の襟……。


「鳥に食い散らかされたみたい。因果応報よね」


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