第十五話 蒼夜の決戦Ⅰ
――夜天の寒空に蒼い月が満ちた。
イリーガルリサーチに設けられた自室で霊装衣を纏った悠月の表情は真剣そのものだ。
アルメリアの言った通り、身体の内側から湧き上がる魔力は普段の比ではない。不調は何一つなく、思考は冴えて、力は滾って余りある。すべてが平常時のアベレージ以上。肌感覚で知った月の魔力に悠月自身が一番驚きを示していた。
「凄いな。まさか本当に力が沸いてくるなんて」
窓際に立ち、月を仰ぎ見る。白銀の光りを放つ満月の加護が確かなモノと理解した悠月は傍らに置いてあった太刀を手に取った。
いつの頃だったか。過去に悠月はこの太刀を父に投げ返した時があった。
それは刀剣が元来備えている人斬りという性質が嫌いであるが故だった。
心を磨き、鍛錬に励む。誠意を以って信念を貫く武士道など所詮は絵空事。平和なこの時代において、こんなモノが扱えるから一体何になるのだ、と。あの時の悠月は本気でそう思っていた。それが今ではこんな形で自分の片腕となり、皆を救う希望になろうとはなんて奇妙な巡り合わせだろうか。胸に懐く気持ちは妙に感慨深いものがある。父が子に託した魔に対抗しうる力。一度は拒んだこの重責を手に取ることも、父と共に歩んだ長い鍛錬の日々も、今日、この日の為にあったに違いない。
今宵、この力を以って悪に堕ちた魔法使いを討つ。万感の思いを秘めていざ、勝負の時。
事務所に足を踏み入れると二人は既に身支度を整えていた。
「お待たせしました、いつでもいけます」
「来たか、では行こうか音切」
アルメリアはエナンを被って立ち上がる。
「了解だ」
ガチャリと重苦しいスライド音が室内に響く。テーブルに置いてあったマガジンを装填した武器をジャケットの内側に仕舞った蒼士はアルメリアに続いて立ち上がった。
「ライカ、留守は任せるぞ」
「うん、任せて。シャノンと一緒に貴方たちの帰りを待ってるわ」
「なぁーご」
抱かれていたシャノワールはライカの操り人形同然に腕を振った。
玄関前。三人の魔法使いは揃って外へと出た。この事務所に残るのは非力な少女と一匹の猫のみだ。
「……」
「メア、どうかした?」
らしくない彼女の変化に気がついて、ライカは疑問を投げかけた。無理もない。普段は飄々としているアルメリアの表情がいつになく影を落としていたからである。
「ハッ……やはりダメだな。こんなのは柄じゃないとわかってはいるんだが、どうも伝えておかなければ私の気持ちは晴れないらしい」
前置きをして、彼女は告げた。
「――もしも明日、私たちが帰って来なればお前は国に帰れ。手配はしてある。正午を過ぎたらそれがタイムリミットだ。私たちが敗れるようなことがあれば、もう奴の暴走を止められる者は誰もいない。此処に残っていてはお前も危険だ」
敗北。それはここに集まった魔法使い全員の死を意味していた。
言葉の意味を理解したライカ。けれども彼女は勇敢にもアルメリアの申し出を断った。
「いいえ、それはできないわ」
「何故だ。私はお前のためを想って言っているんだぞ」
「だからこそ、よ」
「なに?」
「舐めないで。わたしだって此処の会社の一員なのよ。仲間外れにしないで。闘う力はなくても最後まで皆と一緒に闘う意志くらいはあるわ。貴方がもし死ぬようなことがあるならわたしだって生きようとは思わない!」
「ライカ……」
シャノワールを降ろして彼女はアルメリアの頬に触れた。
「貴方には責任がある。ここにいる全員を生かして帰るという大きな責任が。それが仮にどんなに困難であろうと、貴方はやり遂げなければならないはずよ。そうでなれば犠牲になった仁さんにも申し訳が立たない。そうでしょう?」
「……」
重い。あまりにも難しい願いをアルメリアは黙って聞いていた。
「だからねメア、これはわたしからのお願い。もう誰も死なせないで。必ず帰ってきて」
「約束は……できない。この世界には唯一絶対、確実なものなど存在しないんだ。万物には共通して綻びがある。例外はないんだ。神も人も、我々魔法使いも共に不確実な存在なんだ。生きている以上、喪われる可能性はある」
だが、と付け加えてアルメリアはハッキリと言う。
「善処しよう。生きてまた此処に帰ってくる」
「うん、それでこそ貴方よ」
ようやくライカの表情が綻んだ。どこまでも温かな、忘れられない笑みだった。
アルメリアは踵を返すと二度と振り向かなかった。
「さぁ、始めるぞ。今度こそあの紅い悪魔に引導を渡してやる」
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