第十四話 亡霊が誘うⅣ

「あれ、あたし……」

 人の往来が減った街路を歩いていると、不意に耳元から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「気がついた?」

「……ユウ。どうして……なんであたし……確か、ユウを探して……」

「覚えてないなら無理に思い出さなくていいよ」

「うん……」

 二人が交わす言葉は少ない。

 普段は他愛ない会話で盛り上がれるのに、今は何を話せばいいのかわからない。

 あれだけ鮮烈な別れ方をすれば無理もないことではあったが。

「ねぇ、どうして退学届けなんて出したの?」

 当然の疑問に、悠月は重い口を開いた。

「どうしてもやらなきゃいけないことがあったからだよ」

「それってユウが学校辞めないと出来ないことなの?」

「わからない。もしかしたら学校なんて辞めなくても出来たことかもしれない」

「じゃあ、今すぐ学校に戻ってきなよ。先生も、ナオトも、林檎ちゃんも。皆、ユウのこと心配してるんだよ。退学届けもまだ正式には受理されてないんだから」

「どうして。辞めるって言ったのに」

「口で伝えてないからでしょ。皆、理由を聞かなきゃ納得できないって言ってたよ」

 そうして、再び悠月は口を噤んだ。

 理由など言えるはずがない。皆を巻き込まない為の別離なのだから、ここまで来て引き下がるわけにはいかないのである。

 でも、皆の想いは嬉しかった。たった一人、教室の隅で勉強を共にしていただけの自分でも居なくなれば寂しいと感じてくれる人がいるとわかったからだ。

「だったら全てが終わったら正直に話すよ。どうして僕が学校を辞めたいと思ったのか」

「いま言ってくれたらいいじゃない。悩みがあるなら聞くよ?」

 悠月は首を左右に振ってそれを拒んだ。あれほどの恐怖に苛まれながらまだ関係を持とうとするなんて、お人よしにもほどがある。

 嬉しい申し出ではあるが、天音もまた悠月にとっては大切な友人だ。だからこそ彼女の善意には甘えられない。差し伸べられた手を掴むことは赦されなかった。

「ねぇ、天音。一つだけお願いがあるんだけど聞いてくれるかな」

「都合良過ぎじゃない。何も教えてくれない癖に、俺のお願いだけは聞いてくれって」

「……ごめん」

「ふっ、まぁいいけどね。あたしとユウの仲だし。なーに?」

「天音には僕の帰りを待っていて欲しいんだ。僕が帰って来れるように居場所を守っていて欲しい」

「ん……わかった。けど、ちゃんと見返り用意するんだぞ。そうじゃなきゃ怒るから」

「うん、約束するよ。必ず生きて帰るから。その時はまた、ちゃんとお礼する。皆に隠してたことも話すから」

「うんっ、約束……したからね……」

 再び、天音の瞼が閉じられた。

 すやすやと眠ってしまった彼女からはどれだけ奔走し疲れていたかが窺えた。

 また一つ、帰らねばならない理由ができてしまった。

 妹のためにも、そして友との誓いを護るためにも自分は勝たなければならないのだ。

 満天の星空が夜道を照らす中、悠月は改めて心にそう誓っていた。

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