第1章12話 「用心棒の疑念」

あらすじ

暦ちゃんはおとしごと

―――――


 彩と暦がトランプ遊びに興じる中、また別の部屋でも問答があった。

 問答というか、もむどうというか。

 まあ、簡単にいえば。


「あぁん」


 嬌声が響く。なまめかしくもおさなげな、ソプラノの領域だ。


「や、やめ」


「無用!」


 よいではないか、よいではないかと、傍から見れば朝っぱらから盛っているのかと勘違いされること請け合いだが、これはそうではない。


「く、くすぐったい……」


「私が悪いみたいにいうな。私の方が被害者だ」


 否、どうあがいても勘違いは加速するばかりだろう。

 幸いなことにそれ見る人はいないが、それでも年端もいかないいたいけな少女が、成熟しきっていない女性にベッドへ押し倒され、胸ぐらをまさぐられているというのは、なんとも言い訳が付かないだろう。

 少女と少女。くんずほぐれつ。


 ただ、ふたりはあまりにも対照的だった。色が違いすぎた。

 かたや黒髪の大和なでしこ(攻め)と、かたや金糸の髪を乱すドールのごとき少女(受け)。

 それだけにとどまらない。

 もっとも違うのは互いに放つ色だろう。目に見えない、感情の色。

 関原ひびき、この場合はカナデと呼ぶべきだろう少女は、目に見える殺気を夜のようなうつくしい瞳に宿し、金糸の髪の少女は困惑の色を浮かべている。


「答えろ」


「な、ならば。う。はなして!」


「………」


 カナデは静かに情報を整理する。

 目の前に組み伏せられた少女は、あきらかにあの人物であり、けれどそれに足り得る外見も力も持ち合わせてはない。

 声はきれいなソプラノ。

 首を押さえているからか、呼吸はか細く、顔は上気していく一方で、カナデの腕をつかむ手のひらからは脅威になり得るほどの握力を感じない。


 簡単に、あまりにも簡単に。

 殺せる。

 そう、確信させた。


「……やめっ」


 細い首だ。握りつぶせるほどに。

 かよわい少女の命は今、明言するまでもなくカナデによって握られている。


「………っ」


 月のような瞳が水滴をとどめなく溢れさせ、貪欲に生を掴もうとしている。目だけは生きていて、それはカナデが注視すべき人物のもので、けれども少女に反抗する手段はない。


「わかったわよ」


「──はっ。はぁ、はぁ。ごほっごほっ」


 空気を取り込む。むせても、涙を流しながらも貪欲に。


「悪かったわね。少しだけそう思っているわ」


 カナデは顔をひそめ、ひびきが言葉を出す。彼女の二面性の差異はほとんどないのだが、それでもひびきが主権を握ったことで少女は救われたのだ。


「ふざ、けるな」


「ふざけているのはあんたではないの?」


「ごほっごほっ」


 せき込みながらどうにか呼吸を落ち着かせ、少女はきりりと睨みつけた。


「俺は敵対したくない」


「私もよ。けれど、立場的にね」


「うそつけ。今の目は本気だったぞ」


「ねぇ、一応確認していいかしら。あんたは橋渡結・・・よね?」


「そうでなかったのなら、おまえは無垢の子どもに手を上げていたことになるが?」


 と、金糸の少女は隠すつもりも欠片もなく、それを肯定した。

 殺し屋、橋渡結であると。

 身長も体重も、体格や性別すら変わっているのに、それでもまっすぐな物言いがその人物像を重ねさせた。






「これは俺の呪いだ。日があるうちは無力となり、日が沈んでようやく本当の自分に戻れる。俺が昨日、おまえにああいう風に頼んだのはそういうわけだ」


 日中、部屋にはだれも近づけさせず、飯もいらない。それが結の言い残したことであり、ひびきに凶行を起こさせた原因でもあった。


「あんなこと、疑ってくれといわれているようで結局監視することにしたのよ」


「……すまない。俺もすこし気を抜きすぎていたようだ」


 ちょっとしたバカンスにうかうかしていたことが、今回の芽だったのかもしれない。

 まあ、どう考えてもひびきが悪いのだが、業界が関わっている以上、善いことだけでは生きていけないのだから仕方がない。


「私は用心棒。あんたは殺し屋。番犬に噛みつかれるのは道理だわ」


「犬にしては強すぎると思うが。せいぜい熊がいいところだろう」


「御褒めに預かり光栄だわ」


 と、一拍の静寂を挟んで、ふたりしてクスリと笑みをこぼした。


「私はあんたの目的がよくわからないわ」


「俺もだ。おまえの行動は終始一貫しているようでしていない」


「知っているわ。なので」


 すっと手を差し伸べる。ベッドに腰を掛ける少女に、まっすぐと。


「よろしく」


「ああ」


 手を握って立ち上がる。並べばまるで姉妹のようだった。


「余計なことをすれば殺すわ」


「八尋彩が仕事を早急に済ませることを願っている」


 互いに認め、そして諦めた。

 それはひとりの魔術師によるものだとふたりだけが知っていた。


「そういえば、やつの本名は八尋彩なのか?」


「ええ、そうだけれど」


 それがどうしたというのだろう?


「おかしくないか?」


「なにが?」


「本名なんだぞ」


「………?」


 およそ一分間、頭を回してようやく理解に至った。


「おかしいわね」


「そうだろう」


「ええ、ものすごいおかしいわ」


 なぜ今まで気が付かなかったのだろう。

 初歩的過ぎて見落としていたというにはあまりに不自然すぎる。

 業界に本名をさらして・・・・・・・生きている人間なんていない。生きていないし、まさか学校になど通えているはずがない。

 ひびきでさえ、カナデという偽名で業界では通っている。結もまた同様で、国籍とはまったく違う偽名で生きている。


「なにか、隠しているの?」


 あの、隠し事のひとつも作らなさそうな男が?

 否。あれは魔術師だ。つまり、外面を信用してはいけないのだ。


「忠告だ。気をつけておいたいいぞ」


「余計なお世話よ」


 そのころ、話題に上がった魔術師は、カウンセラーの仕事(笑)であるババ抜きをしている最中で、大きなくしゃみをしていた。

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