第1章05話 「魔術の不完全性」

あらすじ

暦ちゃんの記憶を垣間見た

─────


 そして、場面は戻る。

 彩が目を覚まし、関原ひびき、仮称カナデが部屋に突撃してきたところへ。


 彼女はラフな私服に着替えていて、長い黒髪をポニーテールでまとめ、わきに木刀をさした完全武装だった。

 対して彩は起き抜けのままで、もし襲われれば抵抗のしようもないだろう。第一、魔術による精神的ダメージが深く、魔術師としても今は何もできないので、今は完全な無防備状態といっても過言ではなかった。


「カナデちゃん」


「だから関原ひびきだっていっているでしょ。殴られたいの?」


「すみませんやめてください。ていうか、なんか普段よりも暴力的じゃないです?」


「まあ、学校では無意識に抑えているから。今は簡単に手を出してしまうかもね」


「わお。じゃあ、ちょっと冗談はひかえようかなー」


 そういいながらよろよろと彩はベッドへ腰かけた。

 それにならうかのように、ひびきはこの部屋にひとつだけあるイスへ腰を下ろした。


「で、成功したの?」


「いつも通り、そこは唐突なんだね」


「唐突でもないでしょ。あんたが気を失って三時間。暦ちゃんは目を覚ましていないし、ただ時間を浪費しただけ」


「成果を問うのはあたりまえってか。業界の良いところであり、悪いとこだよね。成績重視はいいけれど、失敗したらそこで詰みなシステムは厳しすぎませんかね」


「くだらない話はいらないわ」


「……失敗した。結論だけをいうとね」






 垣間見たのは記憶だった。

 それは、記録と記憶に特化した魔術師、八尋彩の十八番といえる。

 だからこそ、あれが記憶だということがわかる。

 無形の概念であり、彼にとっては有形の概念でなくてはならないものだと知っている。


 ナイフで心臓を貫かれ、肺すらも切り裂き、ついでかのように気道も傷つけた。

 あの死という記憶もインナーレコードであることにかわりはない。


「問題点と不明な点がいくつかあるんだ」


 彼の中でもまだ消化不良ながらも、そう切り出した。


「まず、あれがだれの記憶だったのか、僕にはわからないんだ」


「………?」


 静かに、ひびきは首を傾げた。


「僕の魔術は結構不便でね。読み取る人の記憶を全部見てから、加工したい部分を思い出しづらいように不透明にするっていうのが、簡単な概要なんだけれどね」


「なら」


 わかるはずだ。

 自分が何のためにあるのかを知らなくとも、自分の名前くらいは記憶するのだから。


「いいや。僕が見たのは断片的な記憶だった。そのだれかが殺される場面のね」


「おかしいじゃない、それじゃあ」


「うん。超おかしいんだよねー」


 からからと笑うしかなかった。

 それを見てもひびきの中の疑問は解決しない。


 ひびきはカナデとして業界で生きているだけあって、魔術というものがあることを知っていた。魔術師が実在していることも知っていた。

 そして、それが思う通りに現実を捻じ曲げる力だと。


「術者が最初に設定した通りの内容でなければ、魔術はキャンセルされるんじゃなかった」


「よく知っているね。さっすが、天才美少女のカナデさんですわー」


 ズン、とコンマ遅れて風とするどい痛みを感じた。

 絆創膏で覆われたほうと反対側の頬から、つーっと流れる血が手についたことで、彩は状況を察する。どうやら自分は死にかけたらしい、と。

 わざとらしく咳払いして、話を戻した。


「魔術師は架空のことを現実に塗り替えられる脚本家みたいなものなんだよね」


 だから、脚本通りに進まなかったらカットされる。

 最初から術式は作動せず、魔術という別のシナリオはなかったことになる。


「八尋の魔術は、記憶を最初から最後まで見て、その後に記憶をいじくるのよね。……というか、あんたの魔術はそうとうタチが悪いわね。倫理観をまる無視じゃない」


「あのですね、関原さん。魔術師にとって魔術というのはわが子同然なんですよ。そりゃもう自分の一部みたいなもので。だから、その本音は結構抉られるっす」


「……ごめん」


「いえいえ」


 少しだけ気まずい空気が流れたような、気がしたような気がして。


「って、コントをしたいんじゃなくて!」


「うん。わかっているけれどね。本当にマジで心に刺さったから」


「それで、あんたの魔術の矛盾だけど」


「スルーもそれはそれで傷つくなぁ」


 知らねぇよ、と思ったひびきだったが、これ以上脱線しては整理したことが整理できないと悟っていたので、それ以上余計なことはいわないことにした。


「記憶の断片しか見れていないんだから、最低条件が達成していない。だから、あんたのたとえでいうと脚本通りに進まなくなって、カットされるべきでしょ」


 魔術は、最初に設定した通りに作用しなければ、最初からなかったことになってしまう。

 だから、今回の八尋彩の魔術は失敗し、最初から何も見なかったことになるはずなのだ。

 気を失うことも、そもそも術式が作動することすらなく。


「そゆこと」


「で?」


「?」


 ひびきの言葉に首を傾げた。


「で?」


「……続きを要求していると?」


「わかっているじゃない」


 彩も理解は出来ていたのだ。だからこそ、首を傾げる。

 わからない、という風に。


 答えは端的で、わからない以上にわかりやすい。

 良いことでない答え。


「続きなんてないよ」


 ただ単純に、専門外なだけなのだから。


 予想外というべきは、その返答が第三者によってなされたことだろう。


「その通りだ。貴様が続きをいう暇など与えん」


 黒衣が舞う。

 それを認識するよりも先に、ナイフが首を刈り取っ──


「どなたかしら」


 その顔すら判別できない男の手先が硬直したのは、ひとえに踏み込んだ先の無防備にあった。刈り取ってしまえば隙が生じ、その刹那であってもその攻撃は致命傷足りえると直感的に判断したがゆえだ。


 男は彩の首にナイフをあてがい。

 ひびきは木刀の先端を侵入者へと向ける。


「え?」


 そんな秒読みで起きた出来事に、彩はただ困惑の声を漏らすことしかできなかった。

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