第1章03話 「無用の懊悩」
あらすじ
彩は大の蜘蛛嫌い
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金持ちの家というか邸宅にお邪魔したことが少なくもない程度の彩だったが、外観だけでどれほどの大きさや間取りになっているのかわかるはずもなく、失礼ながらひとりで六堂院家の邸宅を散策していた。
業界に属しながらもほとんど戦闘能力のない彩にとって、敵地でなくとも場所の視察というのはやっておくべきことのひとつだった。
「はへー。ひろいなあ」
玄関に上がってすぐ靴を脱ぐのがあたりまえな家で暮らしてきて、靴のままじゅうたんを歩くというのは慣れない感覚だったのは間違いない。
部屋は多く、廊下はやや暗いものの、階段周りは窓から日の光が入ってきている。
適当にほっつきまわりながら、災害時のことを考え、どこから脱出するのがいいかを見て回る。無論、自然的な災害と人為的な災害のふたつを考慮しながら。
「それに異常はナッシング」
そして、もうひとつ狙いがあったとすれば、魔術的痕跡がないかどうかというのを調べることだ。
彼には専門外に等しい分野だったが、それでも魔術師の端くれだ。
たぶん、おそらく、きっと、発見できるかもしれない程度で探してみたものの、収獲はゼロだった。
最初からそんなものはないのか、それとも見落としたのか。
わからずじまいながら、集合場所としていた一階の部屋へと足を向けた。
「あとはこよみちゃん次第ってことか」
「あ」
「ん?」
目が合った。
ばっちりしっかり合ってしまった。
ぱちくりぱちくり。
瞼を動かす。けれども身体は硬直する。
「やしろ?」
その声を聞いて確信する。
さすがに髪型を少し変えたくらいで間違えたりしない。適当な性格でも、彩は友人を大切にする質なのだから。
一息ついて、いつも通りの適当な笑みを浮かべ、疑問よりも先に挨拶をぶつけた。
「よ、関原。今日はポニーテールなのか。よく似合っているな」
生徒会所属の同学年の友人、関原ひびきがそこにいた。
関原ひびきは学校で男女ともに人気があり、生徒会書記という立場もあって彩が通う高校では結構な有名人だ。
文武両道で、点数は常に上位。剣道をたしなんでおり、その腕もまたかなりのものらしい。
黒髪の麗人と呼ばれる容姿もさらに拍車をかける。
まさに人生の主人公というような規格外だ。
「な、なんで。八尋が、ここにいるんだ?」
「それはまあ、ただのカウンセラーだよ。関原こそ、なんでここに? 親戚とかか?」
関原ひびきはかつてなく焦っていた。
仕事でやとわれた先に学校の友人がいるとは考えてもみなかったからだ。
だから、返答も設定も作っていなかったので、咄嗟に彩の発言に乗っかった。
「うん。そうなんだ。六堂院さんとは遠い親戚でね。暦ちゃんが病気? だっていうから心配でこっちに来ていたんだー」
「なるほど。それはお気の毒様で」
「う、うん」
なんとかごまかせた、と一息ついたところで、ひびきには疑問が生まれた。
「というか、カウンセラー? 八尋が?」
「ああ。バイトみたいなものだよ」
「意外というか、なんというか。まあ、顔が広いというとこからかしら」
「そんなとこ。それより六堂院さんに呼ばれているんだ。悪いけれど、親密な時間は後にまわそう」
「親密でも何でもないでしょうに」
「美少女というのはそこにいるだけで雰囲気をよくする花のようなもんなんだぜ。そんな関原ちゃんと親密に過ごしたくないわけないでしょ」
「口も軽すぎると彼女すらできないわよ。さ、ほら。行った行った」
「へーへー。じゃ、またあとで」
通り過ぎる彩を見て思う。
本当につかみどころのない友人だ、と。
「こんにちは。あなたがカウンセラーさんね。はじめまして。わたしは六堂院暦です。よろしくおねがいします」
小柄で、華奢で、それ以上に活発そうな少女だった。彩が見て回った庭なんかで走り回っていそうな光景が目に浮かぶ。露出は少ない衣服だが、動きの節々からは病弱な人間のそれではないことがうかがえた。
「はじめまして。僕は八尋彩といいます。一応はカウンセラーだけれど、そんなにたいそうじゃないからお友達みたいな感覚で接してくれるとうれしいかな」
暦の自室には、父親である清順とただのカウンセラーである彩、そして、清順にもしもの時の護衛として雇われている関原ひびきがそろっていた。
「では彩さんと呼んでいいかしら」
「呼び捨てでも構わないよ、こよみちゃん。僕はこよみちゃんと遊びに来たのだから」
「今まで来たカウンセラーさんと同じことをいうのね」
「ま、人の悩みを解決する職業だからね。まずは遊んだり、おしゃべりして仲良くならないとこよみちゃんも相談しにくいでしょ?」
「お遊びは大歓迎なのだけれど、彩さん、ひとつだけいっておきたいことがあるの」
次の一言に本来ならば、少しでも表情を変動させるべきだったのだろうが、彩は顔色一つ変えずに頷くのみだった。
聞きなれた父親はいざ知らず、ひびきだけがその場で困惑をおぼえた。
「わたし、こまったこともなやんでいることも、何もないの」
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