三度目の悪役令嬢
moes
三度目の悪役令嬢
とりあえず状況を整理しておこう。
まず、今の私はユールリーラ王国伯爵令嬢、エメラルダ・セヴァール。十六歳。見目美しく、気位高く、傲然、傲慢、笑顔の下でえげつないいじめを平気で行える腹黒さ。いわゆる悪役令嬢。
さて、この冷静な自己分析による紹介で、わかる人にはわかるかもしれない。私はどうも転生したらしい。
気が付いたら、きらびやかな部屋の中できらびやかなドレスを着ていた。
中身の人格は白井楓。二十六歳。独身。ブラックではないがホワイトではないグレー企業でほどほど真面目に働く会社員。休みの日にはマンガ読んだり小説読んだりゲームしたりのインドア派。
そんなだから、最近はやりなのかな。いわゆる転生物の小説も読んでるし、そのなかで悪役令嬢に転生するものもいくつか楽しく読んでいる。おかげで今こうして比較的冷静に状況分析などができている。
ついでにもう一人ご紹介。藤堂春香。二十六歳。小学校教師。面倒見の良い子供好き。乙女ゲー好き。
で、このエメラルダのいる世界は、藤堂春香がプレイしていた乙女ゲーの世界だ。
そして藤堂春香は、事故で亡くなったあと転生してエメラルダになり、悪役令嬢の破滅への未来を回避すべく奮闘し、紆余曲折ありながらもハッピーエンドを迎えるという小説の主人公だ。
えーと、ついて来れてますかね? ちょっとややこしいですね。私も混乱してるんで、勘弁してくださいね。
ところで、なんで説明口調かな、私。これも実は小説の中で、読んでる人がいたりしたら怖いよね。延々と続くマトリョーシカみたいになってたらどうしようね。
いや。まぁ良いや。つまり今の私には三人分の記憶がある。
ということで、エメラルダの地で行けば、悪役令嬢として名をはせて没落追放破滅へ一直線。
藤堂春香が頑張ったルートをたどればハッピーエンドには行けるんだけど、さぁ。
藤堂春香って、なんていうか頑張り屋さんなのよ。教師っていう大変な仕事も手を抜かず、サービス残業もいとわず、家でも勉強を欠かさず、教え子の親からのクレームも真摯に対応し、頑張るのが当たり前で、それで疲れ切ってもうろうとしているところに事故にあって転生した。
エメラルダに転生したことに気づき、このままだと破滅だと気づいた後は、誰にでも親切にして、下級生の面倒もよく見て、困難には立ち向かい、最終的には庶民にも門戸が開かれる教育施設を作ってね、同じ年なのにすごいよね。尊敬する。
でもさぁ。正直に言っていい? めんどくさいよね。すごく。
私、白井楓は己を養うために働くだけで崇高な目標もないし、休日大好きだし、できるならひと月でも二月でも自由気ままに休んでいたい人間だ。それにもかかわらず、ここのところの休日出勤の多さにヤサグレていたところに、この転生。
元祖エメラルダのようにイジメ三昧する気力もないし、春香エメラルダのように素敵人生切り開くなんて無理すぎ。だいたい私、そんなに子供好きではないし、自分のことで手いっぱいで人様の面倒みられる余裕がない。
それでは私はどうするよって話ですが。
「お嬢様! 出てきてください」
だんだんだんだん、と最初より力強く打ち付けられるノックの音。手で叩いているとしたら拳を傷めそうね。部屋のドア、立派で堅そうだし。
「お嬢様! いい加減にしてください」
言葉遣い当初より荒くなってるな。本当なら「さっさと出て来い、このクソガキ」と言いたいところを使用人として許容範囲にとどめているのだろう。社会人の鑑だね。
顧客に面倒をかけられる苦労はよくわかる。大変だよね。同情する。
でもね、出ていくのはごめんなんですよ。
よくわからないまま、ぼんやりしているうちに、ドレスに着替えさせられただけでぐったりなんですよ、私。コルセット、つらい。
ということで、見られたら「だらしない、はしたない」と説教されそうな格好でソファに寝そべって籠城中ですよ。
なんだかどこかの家のお茶会に行く予定だったようだけれど、記憶の混乱なのか何なのか楓人格が強すぎてお嬢様としてのふるまいなんてできそうにない。
恥かきに行くのはごめんです。それ以前にめんどくさい。
楓エメラルダは引きこもりニートになるのです。おうちの財産を食いつぶしながら親のすねをかじるのです。不労所得万歳!
「という夢を見たのです」
目が覚めたら、伯爵家のフカフカソファではなく、自宅のクッションのへたれた小さなソファーに丸まっていた。
そして鳴り響くノックは分厚いドアではなく、アパートの一般的量産品ドアが凹みそうな勢いで叩かれていた。今目の前にいる目の前の幼馴染によって。
「……最低。読者怒り爆発じゃん、そんな物語」
「現実は小説より奇なりっていうし?」
「夢だし。……ま、楓、最近忙しそうだったしね。死んでたらどうしようかと思ったよ」
時間になってもいつまでも待ち合わせ場所に来ない、電話に出ないことに心配してアパートまで来てくれたらしい。
「今日の夜ご飯はおごります」
「伯爵家の晩餐を楽しみにしておく」
「無茶言うな」
まぁ、それでも給料日後だし、迷惑も心配もかけたし、それなりには頑張らせてもらいましょう。
そして、おいしいもの食べたら、また働こう。しかたない。
三度目の悪役令嬢 moes @moes
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます