本編

 カッ! 迸る閃光!

 ドゴロォォンッ!! 唸る轟音!!

 グルルンッ!!! 白眼を剥く双眸!!!


「んっんん~~~ッ、出ましたッ!! 貴女の職業は、【学者スカラー】ですッッ!!!!」


 稲妻と共に【導師シャーマン】の下した神託は、私の残りの人生を叩き潰した!!!



 * * * * *

  * * * * 

 * * * * *



 15歳だッ!

 神が人に運命を押し付け、寒空の下に放逐するには十分な年齢だ!


 親の稼ぎで暮らせる御貴族サマや御大尽サマでもなければ、15歳になった人々は自分で稼いで生きて行く。

 貧乏孤児院育ちで金もコネも肉もない私が生きるための働き口なんて、魔物狩りか盗賊くらいしかない。

 娼婦にでもなろうもんなら、半年以内に使い潰されて死ぬ。院のセンパイ方を見てればわかる、あれは高度技能の技術職だ。


 残された選択肢は、どちらにせよ殺し合いの心得がいる職だった。


 だからこそ、15歳の人類が神サマから授かる職業ジョブの力が必要だった。

 ド素人でも【戦士ファイター】になればナイフ1本で狼くらい殺せるし、【黒魔道師ブラック・ウィザード】になれば火を吹いたり(?)できるらしい。もはや人間じゃないッ……!


 教会の【導師シャーマン】による神託で、自分の職業ジョブは知ることができる。

 それが……私の授かった職業ジョブがだ……



 【学者スカラー】ッッ!!



 聞けば、響きにそぐわぬ、ゴリゴリの物理戦闘職だ!

 それは結構! 私も最初はそう思った!


 分厚い鈍器ほんで敵を殴り殺す、わかりやすい戦闘スタイル!

 更には、魔法書を持てば魔法の力が籠った殴打!

 聖書を持てば、神聖なる浄化の力が籠った殴打!

 魔物図鑑や百科事典を持てば、対象を鑑定する殴打!

 対訳辞書を持てば、異国の相手にも意思を伝える殴打!

 装備した本により、様々な殴打を繰り出せるという!!


 そこで私も流石に気付いたね! そして尋ねたよ!


「……ちょっと待ってくださいよ【導師シャーマン】サマ、その【学者スカラー】てのは、を装備しなきゃならないんで?」

「うむッ、左様であるぞよ【学者スカラー】ちゃん!」

「本がなければ何ができます?」

「そりゃ【学者スカラー】ですからねえッ、学問ができますよッ!!」

道楽がくもんですか……すると、どんな働き口がありますので?」

「お喜びくださいな! 王立学院を出れば役人、神官学校を出れば聖職者、魔導学校を出れば研究者、いずれも社会貢献性の高い高給取りですよッ!!」

「……学校に通う金も市民権もなかったら?」

「うぅ~~~~………むむッ!? 魔物狩りでしょうね!!」

「武器も無しに?」

「んっんんん~~~~ッ、その通りッッ!!!」


 本、というのは貴族や教会、大商会といった、金持ちが娯楽や飾りで集める、文字の書かれた紙束だ。世間に出回っているのは、遺跡から盗掘トレジャーハントするか、魔族や他種族から強奪ドロップするか、紙に字を書いて作るかした物。

 紙を作るには羊を丸ごと絞めなきゃならないし、紙束を綴じる表紙には魔物の革や金銀宝石細工があしらわれた、上位富裕層の贅沢品。

 売れば、私らみたいな貧民は一生遊んで暮らせる品だ。



 そんなもんが手元にあったら、誰がわざわざ命懸けで働くかッ!!



 なんだ、そのッ、二律背反みたいな職業ジョブは……。

 私の人生は詰んでしまったのか。


 さっきの教会で聖書でもガメてくれば良かったのか?

 いや、しかし【導師シャーマン】は聖なる力で大抵の物は消し飛ばせるというし、教会には他にも素手で熊を殺せる【武僧モンク】なんかもゴロゴロ詰めてると聞く。


 私は目の前が真っ暗になったッッ……………!!!!!



 * * * * *

  * * * * 

 * * * * *



 しかし貧民は暗闇でも歩けるのだ!

 どうせ他にできることもないので、私は役所に魔物狩りの個人事業主登録申請を出しに行った。


 なお、本は流石に無理でも、せめて服だけくらいはと〖ガウン〗と〖角帽〗がいただけた!

 【導師シャーマン】サマのお慈悲だ! 流石は高給取りッ!!


 窓口で登録したい旨を伝えると、受付のおばさんに、ポコン、と四角い何かで頭を叩かれる。


「えー、お名前は、マリアの家のダリアさん。えー、年齢は15歳。えー、職業ジョブは【学者スカラー】さん。えー、お間違いない?」

「お間違いないです」


 私を叩いた黒革の鈍器には『法歴207年度版 人口等集計結果(準市民の労働力状態及び職業構成に関する結果)』という文字が箔押ししてあった。今年が219年だから、年度が若干古い。

 箔だけは金、革もそこそこ良い素材だけど、作りはシンプル。


「あの、それも本ですか?」

「えー、はい、そうですね。統計資料の写本は10年で廃棄となりますので、人物鑑定用に再利用されるんです。私も【学者スカラー】ですので」


 私が同じ【学者スカラー】だからか、役人さんは聞いてないことまで教えてくれた。


「あの、そういう本って幾らくらいで買えますか?」

「えー、あー……これは仮にも国政に関わる資料なので、廃棄されたと言っても、部外秘の非売品ですね」

「そうですか……」


 格安で本が手に入るチャンス、と思ったけれど、世の中はそれほど甘くはなかった!


「……魔物狩りなんて、やめた方がいいですよ。本のない【学者スカラー】じゃ、死ににいくようなものです」


 役人のおばさんは、営業許可証の木板を差し出しながら、そんなことを言う。


 しかしッ、私はここで諦めるわけにはいかないッ!!


「ありがとうございましたッ!」


 礼を言ったらオサラバだ! だって他に道がないのだから!


 特に夢や希望があるわけではないが、特に野垂れ死にたい理由もない!

 死にたい理由がなければ、人は生きるものだろう!!


 私は役所の門を出ながら、自分に言い聞かせた。


「駄目元で何処かの遺跡に潜って……駄目元で魔物から隠れ進んで………駄目元で、古代の本を探すッッ!!」


 駄目で元々ッ! 私は最後まで足掻いてみせる!


 そんな決意を固めた私の目の前に、その男は現れた!!!


「ごうがーい! 号外だよ!! 我が国の王太子殿下が、隣国の姫様と御成婚なさるとのことだ!!」


 籠一杯に白っぽい棒のような物を満載した、身綺麗な男だ!

 それが道行く人々に、棒を配って回っているのだ!


 貰えるモノはゴミでも貰うッ!!


 私はすぐさま男に駆け寄ったッ!


「お兄さん、それ何? 私も貰っていい?」

「おや嬢ちゃん、興味あるかい? 文字読める?」

「読めるよ。読めたらくれるの?」

「ただじゃないけど銅貨10枚、たったの堅パン2個分だ! これは新聞ってってね、世の中の最新の流行や話題が纏められた、新時代の情報ツールさ!」


 手渡された棒、よく見ると筒!


「ん……? んんッ…………!!」


 巻いてあるそれを開くと……ッ!!


「こ、これって紙? こんな薄い紙があるの?」

「羊皮紙じゃなくて、ちょっとした新素材から作る秘密の紙だね。それより中身だよ、ほら、綺麗な絵入りで情報も満載だろ?」

「う、うん凄いね、ちょっと待ってよ、はい銅貨10枚!」

「毎度あり!」


 それを手にした時……私の体には雷が落ちたような衝撃が走ったね。

 残り少ない手持ちの現金を使っても、を買う価値は有った。


 新聞、ね。筒状に丸められたそれを手に取った途端、何かが切り替わったのを感じた。


 そう、これは……本だッ!!

 薄かろうが、丸めてあろうが、紙が1枚しかなかろうが!!

 本だッ……つまり、【学者スカラー】の装備品だッッ!!!


「これさえあれば、私は戦えるッ!!!」


 筒状にした特殊な紙、新聞用の紙だからとでも言うべきか?


 そう、この武器は、〖丸めた新聞紙〗と名付けようッッ!!!



 * * * * *

  * * * * 

 * * * * *



 魔物狩りの仕事は、魔物を狩ることッ!!

 そして、狩った魔物の死骸や素材を、買い取り所に売ることだ!!


「初心者の仕事と言えば、奴等の退治ッ!!」


 最下級の魔物! 数だけは多い小物!


 人間の子供ほどの背丈で、武器を扱う知能、敏捷な動き!

 個体の力は弱いけど、とにかく繁殖力が高く、数が多い!

 人里に忍び込んで食料を奪い、不衛生な体から病毒を撒き散らす!


 その名もゴ ブリンッ!!


 黒光りする光沢、トゲの生えた節足、長い触覚!

 1匹見たら30匹はいるとすら言われる、飛行能力を持つ魔物!


 ゴ ブリンだッ!!!!


「Gobgob, gobbb gobb...」

「Gob gob, gobbbkibbb...」

「チィッ……雑魚と言っても、私の腰の高さより大きい魔物に囲まれるのは、それなりの心理的重圧があるッ……!」


 2本の足で立ち上がり、4本の腕で粗末な槍や錆びた剣を構え、私の四方を取り囲むゴ ブリン。鋭い牙の生えた口からは、白濁した涎が滴っていた。

 奴等、この私を餌だと思ってやがる。


 森の中を手ぶらに布の服で歩いていた私を、調理場に出しっ放しの野菜屑程度の相手だと考えてやがる!


 面白い……どちらが上か、教えてやるッ!!


 畳んで懐にしまっていた武器を取り出し、筒に丸めて臨戦態勢!!!


「いくぞ、ゴ ブリン共!!!」

「Gobbbkibbb!!!」

「Gobgobgobkibbbb!!!!」 


 すれ違い様、一閃!!


 スパパンッ! ベチャリ……!! グチャリッ………!!!


 2匹のゴ ブリンは同時に背の甲殻を圧し折られ、体液を撒き散らした。


 更に、新聞の内容である王家の婚姻情報による追加効果で、王家の紋章である薔薇の花弁の視覚効果エフェクトが散った。


 ……いや、花弁はどうでもいい。


 一撃。一撃?


 私は、自分の為した結果に、しばし呆然とした。


「……こ……これが職業ジョブの力なのか………!?」


 最弱の魔物であるゴ ブリンとはいえ、一撃で2匹。

 分厚い本や、魔法の本ならともかく、薄い紙を丸めただけの棒で?

 これは流石に強すぎる。


 伝説の竜殺しの武器ドラゴンキラー不死殺しの武器ゾンビキラーのように、もしかすると【学者スカラー】の振るう本か、この〖丸めた新聞紙〗には、ゴ ブリンへの特効属性があるのではないだろうか。


「……ククク………フフフフフ………ハーッハッハッハッハァ…………………!!! これは、私は、とんでもない武器を手に入れてしまったのではないかッ!!?」


 ゴ ブリン特効の武器! これさえあれば、囲まれたって容易くゴ ブリンを狩ることができる!!


「Gobbb...」

「Gob gobgob...」

「Gobb gokibbb...」


 気付けば私は、ざっと60匹を越えるゴ ブリンの群に囲まれていた。


「だから、どうしたッ!!」


 一振りで2匹なら、たったの30振りだ!

 これだけ密集していれば、30でも余るな!!


「Gobbbbbbbb!!!!!!!!」

「死ねェッ、虫ケラッ!!!!」


 耳障りな羽音と共に飛び掛かってくるゴ ブリンの群を、まずは一振り、薙ぎ払った。



 しばしの後、私の周りには白濁した水溜まりと、黒い残骸の山のみが残された。



 * * * * *

  * * * * 

 * * * * *



 その後も、私はゴ ブリンを狩り続けた。

 熊ほどの巨体を持つ亜種、ホブゴ ブリン。

 原型が無くなるまで動き続けるゴ ブリンゾンビ。

 人語を解し、強力な配下を率いるゴ ブリンキング。

 空も地上も地平線まで埋め尽くす大群で王都を襲ったゴ ブリンスタンピード。

 山のように大きなゴ ブリンドラゴン。


 とはいえ、所詮は最弱の魔物、ゴ ブリンだ。

 当時は上位種が公式に確認されていなかったので、討伐報酬も最低ランク。

 有用な素材も取れない。むしろ死体の処理に費用がかかる。(私が払うわけではなく、その土地の管理者の出費だが)


 それでも、私はゴ ブリンを狩るしかなかった。

 私の〖丸めた新聞紙〗は、所詮、薄い紙ペラを筒にした程度の攻撃力しか持たないのだから。


 薔薇の花弁を散らしながらゴ ブリンを叩き潰して回る私は、いつしか《ゴ ブ狩りの薔薇姫》の二つ名で呼ばれるようになった。五分刈りみたいで気に入らない。


 王都を救った功績と、王家の紋章でもある薔薇に因んだ二つ名のせいか、王城に呼び出されたこともあったが、私は適当な言い訳をつけて逃げ続けた。


 それはそうだろう!

 何せ、私は当時の王太子と隣国の姫……現在の国王陛下と、王妃殿下の絵姿の書かれた新聞紙で!!

 ゴ ブリンを叩き潰し続けているのだ!!!


 この前久しぶりに〖丸めた新聞紙〗を広げようとしてみたら、体液でガビガビになってしまっていた。

 こんなものが国王陛下の目に入ったら……不敬罪で、斬首。

 王国法では一族郎党も連座ということだが、私の場合は出身の孤児院、マリアの家の関係者が皆殺しになることだろう。


「死んで、たまるかッッ!!!!!」


 だから私は、世界へ旅立つ!!

 この世のゴ ブリンを殲滅するため、とかいう適当な建前の下に!!!

 そして、出来れば早いこと、もっとマトモな本を買ってやるのだッ!!!!!

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職業:学者の私は〖丸めた新聞紙〗でゴブリン(?)を殲滅する ポンデ林 順三郎 @Ponderingrove

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