見るものすべて

 日々の報道を追っていると著名人がなんだかんだと声明を発していて臓腑が裏返るような思いがする。気に食わない。


 偽善めいた小賢しい正論や共感的な一般論が薄寒く、それに対するカウンターも煩い。

 言葉強く批判したり俯瞰した立場で物を語るのを見るとどうしても血の気が上り無闇に攻撃的になるのだが当たる場所もなく内々で循環させる他ない。せめて誰かと言葉を交わせたらと思うが口下手な俺が上手く論じられるわけないし、文に認めようにも感情の湧き上がりを筆に落とし込むなどできるはずもなく苛立つばかり。頭がよければ反論を公開できもしようが生まれついての馬鹿者であるが故にそれも叶わず、愚劣な怒りを抱える。


 このような遺憾に苛まれるははまさしくメディアの思う壺であろうが、同時に軽薄な自我の証明でもあり恥ずかしい事である。要は自身の気に入らぬものを不正であると喧伝して自己正当と承認欲求を満たしたいだけなのだ。

 嫌悪する物を叩いて自らの心を満たすなど俗物極まりなく、自傷よりも哀れではないか。しかし、世の中どうしても気に入らない物が大変多い。

 いつからか目に見えるものの大半が嫌いになった。全てがそうなるのはいつの日か。卑屈が治れば変わるのか、どうにもこうにも、生きにくい。

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