26 氷の鎧が溶けるとき
「こんにちは」
と言いながら、私はオルヒデー家別邸の玄関の扉を叩いた。しばらく待っても、屋敷の中からは物音一つ聞こえてこない。
今度はもう少し大きな声で言いながら扉を叩いてみたが、結果は同じだった。
仕方がないので、
「お邪魔します」
と言ってドアノブを回そうとしたが、扉には鍵がかかっていた。
屋敷の窓にはカーテンがかかっていて、外からは中の様子が分からない。
「この家にお兄さんたちがいるのよね?」
私は一番後ろにいたリーヴェスに話しかけるが、リーヴェスは
「さあな」
と言うだけで、教えてくれなかった。私たちのすることを止めはしないが、助けてくれる気もないらしい。
「この家にリーヴェスの兄弟がいるの、間違いないのよね?」
私は、今度は隣にいたお兄様に尋ねた。
「そのはずだよ」
お兄様は困ったように笑いながら言ったあと、
「中から開けてくれる人がいないんだ。レティシア、今日はもう帰らないか?」
と遠慮がちに聞いてきた。
「いやよ」
リーヴェスの兄弟に会うために二日も待ったのに、何の収穫もないまま帰るのはごめんだった。
お兄様自身、私がまっすぐ帰るわけがないことぐらい、簡単に想像できたようで
「そうだよね」
と、伏し目がちに小さくつぶやいた。
「決めたわ。私、誰かがこの屋敷に来るまで帰らない」
私は大きな声で宣言すると、玄関の扉の前に腰を下ろした。そんな私を見てユベールが
「地べたに座るなんて、はしたないよ。仮にも伯爵令嬢なんだし」
と小言を言ってきたが、聞こえないふりをする。
誰も何も喋らないまま、時間だけが過ぎていった。私たちの間には重い空気が流れているが、そんなことお構いなしに小鳥たちは楽しそうに屋敷の周りを飛び回っている。
扉の前から動く気配のない私を見て、リーヴェスは大きなため息をついた。そして今まで胸の前で組んでいた手をポケットに入れると、ポケットから取り出したものを私に向かって投げた。
それを両手で受け止めると、私は手の中を見る。リーヴェスが投げたのは、鍵だった。この屋敷の鍵に違いない。
「リーヴェス、ありがとう」
私は笑顔でお礼を言うと、急いで立ち上がった。扉の鍵穴に、リーヴェスから受け取った鍵を差し込んでみる。鍵を左に回すと、かちゃりと軽い音がした。
「関わるなと言っていたくせに、意外と協力的なんだな」
お兄様がリーヴェスに向かって言った。
「わざわざ俺を呼んだのはお前だろ」
とリーヴェスはお兄様を睨みながら言うが、
「なんのことだか」
とお兄様は笑顔で受け流した。
私には分かる。お兄様がいくら否定しようと、リーヴェスを呼んだのはお兄様だ。
屋敷に鍵がかかっていることをあらかじめ知っていて、鍵を開けてもらうためにリーヴェスを呼んでくれたに違いない。
なぜそれを私に隠したがるのかは分からないが、お兄様はたまに恥ずかしがり屋なところがあるので、「さすがお兄様!」と私に尊敬の目で見られるのが恥ずかしいのかもしれない。
玄関の扉を開けると、屋敷の中は真っ暗だった。出入口のすぐ隣には机が置かれていて、机の上には二個のランプと一箱のマッチがあった。
ぎしぃ……。
薄暗い部屋に、床のきしむ音が響く。外から見ると立派な屋敷なのだが、室内は埃っぽく、ところどころに蜘蛛の巣が張られているありさまだった。
天井に吊るされている豪華なシャンデリアに、最後に火が灯されたのはいったいいつのことなのだろう。
オルヒデー家別邸の玄関は広く、うちの食堂程度の広さがあった。外から入って右側には赤色の扉、左側には青色の扉、そして正面奥には廊下が続いている。
「使用人たちはこの屋敷を気味悪がって、昼間に一度しか顔を出さない。そしてこの屋敷を任された使用人のほとんどは、三か月も経たないうちに辞めていく」
後ろにいたリーヴェスが、私の隣まで歩いてきた。
「この屋敷の様子を知ってもまだ、兄たちに会いたいと思うか?」
「思うわよ。そんなに困っている人が多いんだったらなおのこと、私が力になれることがあるのなら力になってあげたいわ。そのためには、まずお兄さんたちに会わなくちゃ」
私はランプの準備をしながら答えた。リーヴェスはただ黙って私がランプに火をつけるのを見ている。
私がランプ二つに火を灯し終わると、リーヴェスはそのうちの一つを手に持って
「ついてこい」
と言った。お兄さんのいるところまで案内してくれるようだ。大きな屋敷なので、一部屋一部屋探さなくてすむのはありがたい。
残り一つのランプをユベールが手に取った。
「あいつ、なんだかんだ言いながらあまいよね」
私の隣を歩きながら、リーヴェスに聞こえてもおかしくないくらいの大きな声でユベールが言った。
歩くたびに床が悲鳴を上げている。元気よく走ろうものなら、床はすぐに抜けてしまいそうだった。
ゆっくり足を動かし、リーヴェスの後を追う。私を気遣ってくれているのか、前を行くリーヴェスの歩く速度はややゆっくりだった。
リーヴェスは玄関の間の右側にある赤色の扉を開けた。扉の先には廊下が続いていて、左側には部屋が何室も並び、右側には一定の間隔で窓が並んでいた。どの窓のカーテンも重く閉ざされ、外の光はまったく室内に差し込んでいない。
リーヴェスは廊下を進むと、一番奥の部屋の前で止まった。
「この部屋には、フィデリオ・オルヒデーが眠っている。本当に入るか?」
リーヴェスは私の気持ちをまた確認してきた。先ほどお兄さんたちに会いたいと答えたばかりなのに、こんなにも早く私が気変わりするとでも思ったのだろうか。
「もちろんよ」
と答えると、私はフィデリオの部屋の戸を叩いた。
「失礼します。少しお邪魔してもいいですか?」
人がいると言われたにも関わらず、部屋からは何の返事もない。戸に耳を当ててみるが、人のいる気配を感じられなかった。
リーヴェスを見ると、部屋の中に入ってみろと目で合図された。私はゆっくり戸を開ける。
相変わらず、部屋の中は真っ暗だった。
ユベールは私にランプを譲ってくれた。お兄様は私の腕をつかむと、
「くれぐれも気をつけるんだよ」
と心配そうに言った。
お兄様は私の腕をつかんだまま、私と一緒に部屋の中までついてきてくれた。お兄様が後ろにいると思うだけで、心強かった。
部屋の中をランプで照らす。狭い部屋の中にはベッドのみが置かれており、ベッドには人が寝ていた。
私はベッドに近づくと、ベッド近くにあった窓のカーテンをまず開けた。夕暮れ時ではあったが、部屋は真っ暗ではなくなった。
ベッドで横になっている男性を見ると、顔が真っ青だった。
「フィデリオはたまに悪夢でうなされているが、大抵はいつも静かに眠っている」
部屋の出入り口付近に立っているリーヴェスが言った。
フィデリオは顔色が悪く、そしてあまりにも静かなので、私は彼が息をしているのか心配になった。慌てて近づきフィデリオの胸に手を置く。胸は問題なく上下に動いていたので、私はほっとして息を吐いた。
すると急に自分の体が重くなり、私は後ろによろめく。すぐにお兄様が抱き抱えてくれたので、私は床に倒れずにすんだ。
いきなりどうしたのだろうと驚いていると、リーヴェスがフィデリオを見つめながら
「……邪気は無事に払われたようだな」
とつぶやいた。
嬉しくなって私はフィデリオに近づく。確かに、最初に見た時よりも顔色がよくなっている気がした。フィデリオの手を握ると、氷のように冷たかった。
「早く家の外に出られるようになるといいわね」
私は眠っているフィデリオに笑顔で話しかけた。
リーヴェスやグラディウスを浄化した時はすぐに気絶してしまったが、今回は気絶せずにすんでよかった。邪気を払うことに私の体が慣れてきているのだろうか。
邪気を浄化する必要のある人は、この屋敷にもう一人いる。
フィデリオの手をそっと離すと、私はリーヴェスに向かって言った。
「もう一人のお兄さんはどこにいるの?」
「……今日はもう帰ったらどうだ。そんなに急がなくても、あいつは一日や二日で死んだりしない。日を改めろ」
リーヴェスは今までも何度か、私の体を気遣うような言葉をかけてくれる時があった。その言葉をかける時の彼は無表情だったり、少し面倒くさそうだったりしたが、いま目の前にいるリーヴェスからは、彼の表情からも話し方からも、心から心配してくれていることが伝わってくる。
今までの彼の振る舞いからはどことなく冷たさを感じたが、目の前のリーヴェスからは冷たさが消えていた。心温かい人が今まで身につけていた氷の鎧は、熱に耐えきれず溶けてしまったようだった。
「ご心配ありがとう。一瞬気絶しそうになったけど、今は大丈夫」
私はリーヴェスに笑いかけた。私のことを思ってくれるのは嬉しいが、素直に言葉を受け入れる気はない。
「すぐ近くに苦しんでいる人がいるんだもの。このまま帰ることなんてできない」
どれだけ頑張ったって、救うことのできない人はいる。しかしリーヴェスの兄弟は、救える可能性が高いのだ。だったら早く助けてあげたい。
リーヴェスは私を見透かすかのようにじっと見つめてきたが、やがて口を開いた。
「お前は自分の体に危険が及ぶかもしれないという恐怖より、困っている人を助けたいという気持ちの方が勝るわけか」
「そうよ。自分の身に危険が及ぶかもしれないっていうのは不確かだけど、困っている人がいるっていうことと、私にしか助けられないっていうことは確かなことなんだもの」
室内は薄暗いにも関わらず、リーヴェスはなぜか
「俺にはまったく理解できんが――、そういう考え方を否定するつもりはない」
気のせいかもしれないが、リーヴェスの口元がほころんだ気がした。
「ついてこい」
と言うと、リーヴェスはもと来た道を戻っていく。
リーヴェスは玄関の間まで戻ると、今度は青色の扉の方へ向かった。赤色の扉には鍵がかかっていなかったのに、青色の扉には鍵がかかっているようだった。
「こっちの部屋にいる奴はたまに暴れる。気をつけろ」
鍵を開けながら、リーヴェスは言った。
青色の扉の先にも廊下が続いていた。右側には部屋、左側には窓が並んでいる。
今まで屋敷の中は音一つ聞こえてこなかったのに、廊下を進むと、次第に男性の声が聞こえるようになってきた。奥に進めば進むほど、声は大きくなっていく。誰かと話しているような感じではないのだが、ひとり言にしては声が大きい。
リーヴェスは一番奥の部屋の前で立ち止まると、
「この部屋にシェルム・オルヒデーがいる。本当にこいつにも会うのか?」
とまた私の意思を確認してきた。
「しつこいわね。何度聞かれても、私は会うって答えるわよ」
さすがにうんざりしながら私が答えると、リーヴェスの口元がまたほころんだように見えた。
リーヴェスが部屋の鍵を開けてくれたので、私は戸を開けて中をランプで照らした。こちらの狭い部屋にも、ベッドが置かれているだけだった。
ベッドには、両手で顔を覆い、一人で話し続けている男性が座っていた。大きな声だが、何を言っているのかはよく聞き取れない。男性は何かと必死に戦っているように見えた。
危ないと思ったのか、今まで後ろにいたユベールが私の前に立ってくれた。お兄様は先ほどと同じように、私の後ろで私の腕を握ってくれている。
私はシェルムに近づくと、フィデリオにしたのと同じように、まずベッドの近くにある窓のカーテンを開けた。
しかし窓には外側から板が張り付けられていて、板と板の間から光が差し込んではきたものの、フィデリオの部屋ほど明るくならなかった。
私はフィデリオを見る。聖剣の後継者選びの直後から今までずっと、休む間もなく必死に何かと戦い続けてきたのだとしたら……、彼の胸中を想像すると苦しくなった。
「私はレティシア。あなたを浄化しに来たの」
シェルムに声をかけてみたが、特に反応はなかった。自分のことで必死のあまり、周りの声は今の彼には届かないようだ。
「もう大丈夫だからね」
と言うと、私は両手で包み込むように、シェルムの手を触る。
シェルムに触れた途端また急に体が重くなったが、気絶はせずにすんだ。
シェルムの冷たい手を温めるように握り続けていると、シェルムは急に何も喋らなくなった。手に触れたまましばらくいると、彼の手がぴくりと動いたので、私は手を離した。
「シェルム、聞こえてる? 助けにきたわよ」
私はシェルムの耳元で呼びかける。
シェルムは自分の顔から手をゆっくり離すと、私を見た。
初めて見た彼の顔は、泣き顔だった。ずっと暗闇にいたせいで少しの明るさでも
頬はすっかりこけてしまっているが、リーヴェスの兄弟だけあって、整った顔立ちをしていた。
「……お前、名前は?」
「私はレティシア。もう大丈夫よ」
私はシェルムの肩をぽんぽんと叩く。シェルムは私の目をじっと見て、「ありがとう」とだけ言った。
「ここは……?」
「別宅だ。継承者選びが終わって以来、お前はずっとこの部屋にいたんだ」
シェルムがきょろきょろと周りを見回していると、リーヴェスが近くにやってきて答えた。
リーヴェスを見るとシェルムは驚いた顔をし、リーヴェスの聖剣を見ながら
「お前が選ばれたのか」
と言った。リーヴェスはそうだ、と答える。
シェルムは静かに笑った。
「聖剣なんていらないと言っていたやつが選ばれちまったのか」
そして聖剣からリーヴェスの顔へと視線を移すと、シェルムは真顔で言う。
「俺はお前が心底羨ましい。聖剣には、俺が選ばれたかった」
「自分の状況を理解できてないようだな」
リーヴェスの声は震えていた。日頃あまり感情を表に出さない人が、怒りをあらわにしている。
「継承者選びの場にいた、兄九人のうち七人は死んだ。命を落とさなかったお前でさえ、正気を失って今までずっとこの部屋に閉じ込められていた。――剣を手にした奴らが一人ずつ狂っていくのを、一緒に見ていただろ。それでもまだ、聖剣に選ばれたかったと言うお前が理解できない」
熱を込めて語るリーヴェスとは対照的に、シェルムは冷ややかに話す。
「俺にはお前が理解できない。聖剣さえあれば、唯一この国を救うことのできる勇者になれる。名誉なことじゃないか。オルヒデー家が動かなければ、この国は亡ぶ。だから王だって俺たちには逆らえない。オルヒデー家当主は、この国の影の最高権力者だ」
言い終わると、シェルムはふっと優しく笑った。
リーヴェスは反論しようとしていたようだったが、シェルムが見せた顔が意外だったのか、口を止めた。
「一人じゃ荷が重いなら、これからは俺が支えてやる。とにかく手を貸してくれ。今から父さんに会いに行く」
シェルムはベッドから立ち上がろうとしていたが、思うように体が動かないようだった。
「急にどうした? そんなことを言うような奴じゃなかっただろ」
リーヴェスは信じられない、という顔でシェルムを見ている。そんなリーヴェスをシェルムは笑い飛ばした。
「立場が変わったんだ、当たり前だろ。聖剣を継承しようと競い合っていた時と今は違う。聖剣に選ばれなかったのなら、選ばれなかったなりの振る舞い方がある。お前に倒れられたら困るんだ。オルヒデー家として、聖剣を次の代にも繋いでいく必要がある。それが俺たちオルヒデー家の使命だ」
シェルムは、早く手を貸してくれ、とリーヴェスを急かす。
「レティシア、私たちはもう帰ろう」
今まで静かに状況を見守っていたお兄様が小声で話しかけてきた。確かにもう私たちにできることはないし、夕飯までには家に着きたい。そして早く寝たい。
一日に二人も浄化したためか、
私はお兄様の言葉にすぐ賛同し、リーヴェスたちの邪魔にならないように静かに部屋を出ようとした。そんな私に気づいたのか、シェルムが私の手を握ってきた。
「本当にありがとう。君以上に美しい人を今まで見たことはない。元気になったら、お礼に伺わせていただく」
私なんかより、今この部屋にいるリーヴェスやユベールやお兄様の方が美しいのに、何を言っているのだろうと思った。きっとシェルムなりの感謝の表し方なのだろう。お世辞だということは分かっても、容姿を家族以外には褒められたことのない私にとっては嬉しかった。
お兄様がすぐにシェルムと私の間に入ってきた。
「お礼は不要だよ。元に戻ったみたいでよかった」
お兄様に優しく押され、私は部屋の外へ向かって歩き出す。私は顔だけシェルムの方を向けて
「元気になったみたいで本当によかった。お兄様の言う通り、お礼はいらないわよ」
とだけ言った。シェルムに手を振ると、私は部屋を出た。
私でも、誰かの役に立つことができた。屋敷の外へと向かいながら、シェルムがありがとう、と私に言ってくれた時の顔を思い出す。「ふふふ」と笑いながら歩いていると、
「気味の悪い屋敷の中を、よくそんなふうに笑いながら歩けるね」
とユベールが苦笑しながら言ってきた。
私たちは足早に歩き、あっという間に屋敷の外へ出る。
後ろを見ると、リーヴェスもついて来ていた。
「シェルムはいいの?」
と私が聞くと、
「屋敷にはシェルムの他にフィデリオもいる。オルヒデー家の本宅から使用人を何人か呼んでくる」
とリーヴェスは言った。リーヴェスは自分の馬に近づくと、馬に乗る前に私を見た。
「聖剣を次の代へ繋ぐ気がないという気持ちは今も変わらない。俺の決意は少し説得されただけで変わるような軽いものじゃない。――だが、お前には感謝する。ありがとう」
リーヴェスはにっと笑って歯を見せた。爽やかな笑顔だった。
リーヴェスファンの女性たちが見ていたら、キャーと声を上げて失神していたかもしれない。
「二日後の朝に俺の屋敷だ」
馬に乗ると、リーヴェスは言った。
「え?」
意味が分からず聞き返すと、
「魔物退治だ。来たいなら来い」
と言ってリーヴェスは去って行った。
「レティシア、この調子だよ。これはリーヴェスが落ちるのも近いな」
いきなりユベールが後ろから私の肩を叩いてきた。あまりにも元気よく叩かれたため、私は反動で一、二歩前によろめいた。
振り向いてユベールを見ると、今まで私が見てきたなかで一番機嫌の良さそうな顔をしている。
「お前……もしかして、レティシアとリーヴェスを引っつけようとしているのか?」
いつも笑顔のお兄様の目が、珍しく笑っていない。
「そうだよ。レティシアとリーヴェスが引っつけば、少なくとも千年は平和が続くらしい」
お兄様の反応がおもしろいのか、ユベールはからかうように笑いながら言った。
「冗談じゃない。レティシアをオルヒデー家なんかにやるものか」
お兄様が悲鳴に近い声を上げている。
「お兄様、大丈夫よ。そう言っているのはユベールとグラディウスだけで、リーヴェスが私を好きになるわけないわよ」
私はお兄様に落ち着いてもらおうと思ったのだが、お兄様の話し方はより激しくなってしまった。
「レティシア、少しは自分の可愛さに気づいたらどうなんだ。こんなに可愛いんだから、好きになるに決まっている。リーヴェスの兄だって、すっかりレティシアに惚れていたじゃないか」
こんなに取り乱すお兄様を、私は生まれて初めて見た。可愛さに気づくも何も、私のことを可愛いと言ってくれる人は家族以外に誰もいない。
お兄様は私のこととなると正常な判断ができなくなってしまうから、困ったものだ。
お兄様を見て楽しそうにしていたユベールだったが、笑うのに飽きたのか、「それにしても……」と話を切り出した。
「リーヴェスじゃなくてシェルムが聖剣を継承してくれていれば、何の苦労もなく平和が続いていただろうに。もう一度過去に行けるのなら、聖剣の継承者選びが行われる前に行きたいよ」
「グラディウスはバカだが、妥協することはない。お前がどうあがこうが、グラディウスはリーヴェスを選ぶだろう。リーヴェスの素質が飛びぬけて優れているんだから、どうしようもない」
お兄様が「バカ」という言葉を使うところも、今日初めて見た。お兄様がどんな人であるか理解しているつもりでいたが、私が知っているのはほんの一面にすぎないようだ。
私が驚いた顔でお兄様のことを見ていると、私の視線に気づいたお兄様が微笑んできた。
「レティシア、今日は疲れただろう。早く家に帰ろう」
いつものお兄様が戻ってきた。私は「うん」と笑顔で返事をすると、お兄様とユベールと三人で家に帰った。
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