願わくば……お題『鋏』

 この地域には、とあるカミサマがある。

 『キリトリサマ』という何でもないものなのだが……。


 私は、ある悪友からの縁を断ち切るため、その石碑の前に佇んだ。

 私の悪友、その人は腐れ縁というやつだった。

 何をするにも一緒、いいことも悪いことも。まあ、悪いことの方が多いのだけれど。

 とにかく、町で悪さをしまくったが。私はとうとう捕まって、牢屋から出てきたところだ。


 帰ってきた私にあいつはこういった。


『おかえりぃ! またあそこの店の者盗みに行こうぜ!』


 呆れた。

 なにか、私の中でそいつに対する感情がギリりと変わるのを感じた。


 女同士という珍しい悪党だが、もう潮時かもしれない。私はそいつに別れを告げて、これからは真っ当に生きると言い切った。

 しかし、こっちの態度を見ていないかの如く、しつこくつきまわされる。


 頭にきた私は何度も何度も脅したが、聞くためしがない。私と違ってアイツは今後もつかまらないだろう、ずる賢すぎる。


 寝ても覚めてもアイツの下品な笑い声が聞こえてたまらない。私は長い髪をぐしゃぐしゃと掻きまわしながら、今日も目を開けた。

 そうだ。気持ちだけでも変えよう。

 おまじないだ。


 なんてことはない。

 この街に伝わる『キリトリサマ』の石碑の前で、願い事をするだけだ。

 キリトリサマは、『縁切りの神』。願った相手との縁を、金輪際切ってくれるのだとか。

 まあ、そんなもの何の足しにもならないが、あいつに負けてはいけない。私はてくてく歩いて山のふもとまで来た。


「……」


 黙って頭を垂れて、あいつの名前を口にする。

「どうか縁が切れますように」


 ……毎日来てみるのもいいかもしれない。

 私は、精神的に参らないためにも、毎日ここまで走ってくることにした。


 次の日、私は石碑の前に大きな紙が置いてあるのを見つけた。誰も来ないこんなところに紙?


『金銭をあるだけ捧げよ』


 私は、手に持っていた小銭を石碑の前に置いた。まあ、何かのイタズラだろうが、乗ってやらないこともない。


 次の日になった。


『水を捧げよ』


 なんだこいつは、キリトリサマのつもりか、と私は思いつつ、断る気にはならなかった。私はそばの川で水を汲み、バケツ一杯のそれを石碑の前に置いた。小銭は……そういえばなくなっていた。


 次の日になった。


『縁切りの相手について述べよ』


「はぁ……」

 ため息をつきながらも、私は悪態をついた。ホントにどうしようもないやつだ。真っ当に生きようとしてるのに、あいつのせいでなんともならない。


 次の日になった。

『鋏を持っていけ』


 目の前に置いてある鋏を持って行った。古びた鋏だけど、よく研いである。

 なんなんだろう、このいたずらは。


 次の日になった。

 次の日になった。

 次の日になった。

 私は、毎日キリトリサマ……を騙っただれかの命令に従った。


 町で盗みもやった。放火もした。日に日に自分が不誠実な人間なんだと思わされた。

 でも、なぜかやめる気にはならなかった。


 88日目になった。


『あいつとの縁を切ってやる。お前とアイツの体の一部を持ってこい』


 何の真似だろう。

 でも、しょうがない。


 キリトリサマがやれって言ったんだから。

 アイツとの縁、切りたいし。

 鋏……あったっけ。

 体の一部? 髪の毛とかでいいのかな。


 しかし、私は町の中に帰ってから驚愕することとなる。


 血。

 あいつの血。

 あいつが、手から血を流してうずくまっている。


「あ、なんで!? どうしたの!?」

 私は、すぐさま駆け寄って手当てしようとするが。

 

 あいつの小指が無くなっていた。


「な。な、な。何かが来て……! き、キリトリサマって名乗って、お、大きな鋏で!」


 ……何か、私はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。

 キリトリサマは本当にいた。

 たしか、言い伝えでは、自分と相手の同じ体の一部を捧げると、縁を切ってくれるらしい。

 『一度願い事をしたら、撤回は許されない』。


 私は、あいつを家に連れ帰った。

 急いで引き出しを開ける。


 どす黒い血の突いた鋏がそこに在った。


「あ、ああ……」

 鋏が……!

「あああああああああああああああああああああああ」


 それからどうなったのかは知らない。

 気が付いた時には、手に激痛が走っていた。私も、右手の小指が無くなっていた。


「ごめん、ごめんね……」

 わたしは、誤った。

 なんてことをしたのだろう。

 縁を切りたいなんて嘘だった。

 本当だった。

 それを、こんな犠牲を払わせてまで。


 でも、そいつは治療をした後にこういった。


『いいじゃん。神サマなんてぶっ飛ばしちゃいなよ』


 私たちは石碑を破壊して、一緒に暮らすことにした。

 もう誰にも別れさせたりなんかしない。

 本当に大事なものが分かったから。





































「ふへ。単純だなぁ~。おつむがさ。あんたと一緒にいられるんだったら、小指の一つくらい惜しくないよ」







 ゆびきりげんまん。 

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