貴方と墓穴まで……お題『穴』

 四月一日。


 今日は、カレッジの入学式。

 とても楽しみだったけど、やっぱり終わってみると退屈なもの。

 私はよく頑張ったと思うけど、これからまた新しいスタート。うんうん。しっかり勉強に精を出さなきゃね。


 そういえば、クラスで隣になった子。名前はお互いに話さなかったけれど。綺麗な人だった。動作にも品があって、なんだか大人な人って感じ。

 私と同じく、17歳で試験に受かったんだけど、同じミドルスクールから来た子がいないから、友達になってほしいらしい。

 もちろん大歓迎だ。私も同じだったから。


 四月三日。


 今日から早速講義が始まる。ホントに難しそうだな……。でも、昨日の子は手始めの問題をすらすら解いてた。すごいなぁ。

 教科書や参考書がいっぱいで、寮に持って帰るのだけでも筋肉が痛む。はぁ、分厚い本がいっぱいだ。


 その子は、『ニア』というらしい。ニアって呼び捨てでかまわないって話だ。私たちは名前で呼び合う関係となった。うんうん。なんでも友達は必要だよね。

 

 四月十日。


 大分慣れてきた……のかな? あいかわらず講義は難しいけど、ニアが積極的に教えてくれる。今日になって初めて知ったんだけど、ニアは、入学試験をトップで通ったらしい。すごすぎる。私なんてギリギリ受かったようなものなのに。

 でも、ニアは『入れたらみんな一緒。これから頑張ればいいんだよ』って言ってくれた。頭が良くて優しい。完璧だよね……。


 学生活動なんかもあるみたいだけど、私は勉強で生いっぱい。ニアも、学生たちと一緒というよりかは、教授についてまわって話す方が好きらしい。変わってるなぁ。


 四月三十日。


 今日は雨のせいで課外活動は中止になった。おかげで生物の採取に行けなくなっちゃった。でも大丈夫。ニアが教授から講義のプログラムを借りてきてくれた。頼りになるよ。


 ……私がニアにしてあげられることって何だろう。友達でいること? いやいや、それじゃあ釣り合わないよ。


 五月七日。


 今日、とってもいいことがあった。ニアと私の実験レポートが学内で表彰されたんだ! まあ、ほとんどニアのおかげなんだけど。


 なんだかなぁ。私も頑張らないとって思うんだけど。なんだかんだで、ニアの方が成績も、頭の良さも上なんだよね。

 なんだか、こっちが友達でいるのが申し訳なくなっちゃうぐらいに。


 五月二十三日。


 近くで洪水が起きたから、急遽講義は中止。私たちは寮に籠る。

 気が滅入るといけないからって、ニアは料理を作ってくれた。すごくおいしい鳥の丸焼き。私とニアはもともと一緒に寮の部屋だから、二人だけで食べきった。

 ニアは何でもできるんだなぁ。


 六月十五日。


 そろそろ、定期試験だ。

 すごくドキドキする。ニアは、相変わらず勉強をあまりしていなくても問題を解いている。うーん。


 六月二十五日。


 今日は、珍しくニアが他の学生としゃべっていた。不思議だな。

 なんだか楽しそう。相変わらず研究のことばかりの話題だけど。みんな面白そうに聞いている。

 そうだよね。ニアは、みんなに好かれる性格してるもん。


 七月三日。


 この頃、ニアは寮に帰るのが遅い。学生活動に参加しているんだって。

 私も一緒にところに行こうとしたけど、みんな明るい性格で。

 内気な私はたじろいでしまった。ホントはニアと一緒にいたいんだけどな。


 七月九日。


 学生活動でかなり帰りが遅くなってきたニア。

 疲れて、今はベッドで寝てる。体調が心配だけど。日中はすごく元気だ。まあ、たくさんの人と関われてるようで、羨ましい。


 ……ほんとは、一緒に部屋にいるのにちょっと寂しいけど。話す時間も減ったし、すれ違っちゃってるからね。


 七月二十一日。


 ニアは、学生活動の先輩に可愛がられているらしい。真面目で明るいニアのことだ。そりゃそうか。

 私は、がんばって成績を保ってる。入学した初めの頃は、ニアに手取り足取りだったけど。今は自分でも頑張れるんだからね!

 

 うーん。でもたまには勉強を教えてほしいかな。


 八月一日。


 今日から休暇だ。

 でもニアは学生活動で帰りが遅い。今日もまだ帰ってきていない。もう深夜なのに。

 泊りなのかな? まあ、それくらいあるよね。学生って言ったって私たち大人に近いもん。


 八月二日。


 ニアが返ってきた。

 どうしたのって、私が聞いたら。

『首席の男子学生の先輩と付き合うことになった』って帰ってきた。


 そんな話聞いてないけど。

 たぶん、私の知らないところで、ニアは恋心を抱いてたんだろう。

 帰ってこなかったのは。……うん。そうだよね。そう言うことだよね。


 私たちもいい大人なんだし。ニアの帰りが遅くなるのも仕方ないよね。


 ……。


 八月十一日。


 ニアは、彼氏である、その首席の学生との話ばかりしている。

 もちろん、カレッジの首席だから学問の話が進むようだ。私なんかよりずっとそうに決まってるよね。


 首席の彼も優しくて、研究に励んでいるんだとか。将来は二人で学問と教育に貢献出来たら、なんて将来設計までしている。


 そっか。ニア。おめでと。おめで(この先は、涙でにじんで読めない)


 八月二十日。


 夏季休暇は、このカレッジでは早めに終わる。研究第一だからね。

 でも相変わらず私の成績は何ともない。普通だ。対してニアは、恋人との共同研究が評価されて、飛び級する勢いだ。


 わたしは、どうしたらいいんだろう。


 ニアは、……その彼と一緒に住むことになるのかな。


 寂しくなるな。


 私なんかが釣り合うはずなかったんだ。


 九月十五日。


 なんだか、最近体調が悪い。

 ニアが、麦のおかゆを作ってくれたけど、あまり食欲がわかなかった。こんなことなかったのに。今まで。

 何かの病気かな。そうニアに言うと、『大丈夫。私の研究は薬の開発だもの。友達のあなたがどんな病気にかかっても、ちゃんと治してあげるからね』なんて冗談を言われた。

 冗談のはずなのに。なぜか涙が止まらなかった。


 ニアに心配されたけど、何とかごまかした。


 九月二十四日。


 私は、最近講義に行けていない。ニアともすれ違ってばっかりだ。顔を見たいはずなのに、見たくない。

 何でだろう。


 ニアが話している、彼氏と一緒にいるところを見かけた。追いかけて行って陰から覗くと。

 ふたりは甘いキスを交わしていた。

 息が荒くなった。

 病気だ。

 私はこのまま、死ぬんだろうか。


 十月四日。


 ニアは私を心配してくれているけど、私だってどうしていいのか分からない。

 今日もたくさん吐いた。

 ニアの作ってくれたおかゆが。ニアの作ってくれたジュースが。

 吐き出したくないのに。私の胃から逆流して汚い吐瀉物になっていく。


 体重が大分減った。講義に行くどころかまともに生活できない。病院に行くことにした。


 十月六日。

 

 病院にニアと一緒に行ったときの、その検査結果が返ってきた。精密な検査を依頼したのに、結果はすべて異常なし。


 どうしちゃったの私。


 ニアは、恋人に頼んでいろんな薬を溜めさせてくれるように計らった。でも私はなぜか。


 断ってしまった。

 なんでだろう。自分でもわからない。


 そうか。


 私はその恋人が憎いんだ。

 ニアも憎いんだ。

 助けを借りたいはずなのに。なぜかこのまま死んでしまいたいと思える。


 十月十三日。


 布団に籠って、今日も一日を終えようと思った。でも、不思議とニアの姿を見たくなった。

 休学届は出しているけれど、カレッジの敷地に入るのは自由だ。私は、今日、ニアがカレッジで生活する姿を久しぶりに見た。


 涙が出た。彼女は懸命に私を助けようとしてくれていたんだ。


 憎いのに、彼女が恋しくてたまらない。


 十一月十九日。

 

 久しぶりに日記を書く。

 

 私の体調は幾分マシになった。

 

 ニアのくれた、鎮静作用のある薬のおかげかもしれない。ニアは、私にかまってくれるようになった。


『私が彼と遊び惚けてないで、ちゃんとルームメイトのあなたの体調を見てれば、こんなことにならなかったかもしれないのにね』

 

 すごく嬉しい言葉だった。私のことを気にかけてくれている。とっても嬉しかった。彼女の申し訳なさそうな顔が、とっても痺れた。


 十一月三十日。


 ニアは、彼と喧嘩したようだ。些細なことだったらしい。そりゃあ、長い間付き合っていれば、喧嘩もするだろう。彼女は泣いて寮の部屋に帰ってきた。

 彼女は私に抱き着いて、泣きじゃくっていた。わたしはよしよしと彼女の背中を手で叩き、抱きしめる。


 私はニアの幸せを願っているはずだ。

 このことが嬉しいなんて、思ってない。


 絶対に思っていない。


 本当だ。


 十二月十一日。


 彼女は、二週間近い間彼氏と距離を置いたが、無事に仲直りをしたらしい。


 うん。おめでとう。と言いたいけど。やっぱり彼の家に行かれるのはちょっと寂しい。


 十二月二十六日。


 私は最近夢を見る。


 真っ赤な噴水の中に沈んでいく夢。ニアは、顔のぼやけた男子学生の『彼』と手をつないで、抱きしめあう。そして二人の唇が重なり合いそうになるところで夢は終わる。


 つらい。


 一月七日。


 カレッジが始まる。


 私は研究に没頭した。

 学問が私を救ってくれると信じて。

 成績はめきめき上がり、ニアほどではないけれど、トップの部分には入るようになった。教授からも褒められた。


 一月八日。


 ニアは、やっぱり彼と交際を続けていた。


 私は本当に別れてほしいと明確に願ってしまうようになった。

 私はニアの幸せを願っているはずなのに。どうして。


 一月二十八日。


 毎晩夢にうなされる。怖い。寝るのが怖い。

 飛び起きて、泣きじゃくっているところをニアに抱きしめられ、肩を撫でてもらうのだけは、怖いと思わない。


 二月二日。


 ニアは、決められた水準以上の研究成果を収めたと認められ、飛び級が決定した。これからは一気に最終過程の課題に取り組むそうだ。

 おめでとうニア。


 しかし、彼女は彼と一緒に住むことになるらしい。結婚も考えているのだとか。次の年度で、彼氏の人は教授になる。

 保障された収入もあり、安定してニアは、研究に打ち込めると考えたのだろう。


 ……おめでとうと言いたくないよ。ニア。


 二月十六日。


 今更気づいたんだ、ニア。


 これは嫉妬だ。


 この気持ちに気付いたんだ、ニア。


 これは恋だ。


 二月二十八日。


 私は絶対に許せない。許したくても許せないあの男を。とりえのない私でもニアと一緒にいていいって思ったのに、なのにあの男は私からニアを奪った。ニアは私を捨ててしまった。ニアは私のことを友達と思っているけど、そうじゃないんだよニア。そうじゃないの絶対そうじゃない。私はあなたの細胞の一片まで愛してるの。だから一緒にいてほしいの。私はあなたと研究して卒業して結婚してキスをして、女同士だけれど養子を貰って一緒に育てて、おばあちゃんになっても『しわが増えたね』って幸せに笑いあっていたいの、だから私はあなたが許せない。許せなくて愛らしい。とってもとってもとっても愛らしくて仕方がなくて、毎晩貴方に隠れて〇〇してるんだ。私はあなたと一緒がいい。貴方しか見えなかったの。体調が悪かったのも、位感情が芽生えたのも全部あなたのせいだ。貴方が悪いんだ。そう、私は悪くない。私をこんな気持ちにさせるあなたが悪いの。だからお願い私をどうしても愛してお願い。おねがいおねがいおねがい。私はこのままだとくるってしまう。狂ってくるって取り返しのつかないことになる。おねがい、これ以上私を狂わせないで魔性の人。これ以上凡人の私をどれだけたぶらかせば気が済むの悪魔の人。それでも私は執着することをやめられない。止められない。もういや。苦しい。胸が裂ける。私はどうしてもあなたが欲しいほしくてたまらない。あの男から奪い返してやりたい。自分も怖いの。抑えきれなくなる自分が(この先は書きなぐられた文字が、崩れすぎて読むことができない)


 三月二十八日。



          ニ         

                 ア



         が   

                           



                    結


    婚


                す

                 る



                    っ

       て




  い

  

    っ            

     





                  た



 三月三十一日。


 今日は、人生最高で最悪の日。


 私の命が終わる日。私の愛しい人の命が終わる日。


 あの男は関係ない。



 ごめんねニア。

 最後まで私はあなたとは釣り合えない人だった。自分の恋心に気付けなかった。でもこれだけ。このわがままだけは言わせて。


 だいすきだよ。

 ニア。


 ぽっかり空いた私の穴。

 どうか埋めて。

 墓穴まで。

 貴方と一緒に。








 四月一日。新聞の一面。

 都内某所で女学生二人が死亡。


 今朝。都内某所で国立カレッジに通学している女学生二名が、死亡しているのが発見された。

 警察は、事件性も視野に入れて捜査しており。詳細は不明とのこと。

 なお、片方の女学生の手には本人の日記と思われるノートが握られており。鑑定が進められている。

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