西寮の生徒たち(一)

「なんでウチが謹慎せんといけんのじゃー!」


 宇和島は自室の床に寝そべりながら駄々をこねる子供のように叫んだ。

 翌朝のことである。


「班長、副会長推しだったじゃないですか。それが彦根さんの勘気に触れたんでしょう。彦根さん、会長と仲いいですから」

「そんな理由で謹慎にするやつがあるか。職権乱用だー!生徒会の私物化だー!」

「そうかもしれませんが、今は大人しくしていた方がいいと思いますよ。これ以上目立つことをすると、何されるかわかりません」

「いやじゃー!学校行きたい行きたい行きたいよー!」

「子供ですか。ていうか、なんで制服に着替えてるんですか」

「なぁ、頼むよよっしー」


 吉田の脚にしがみつきながら、宇和島は懇願する。


「このままじゃ謹慎明けてすぐ中間考査だよ。学年五位なんて夢のまた夢だよ」

「ああ、その件なら大丈夫です」

「……え?」

「私が代わりに五位以内に入りますから」


 吉田は親指を立てながら自信たっぷりにいった。


「ほいじゃ意味ないんだよ!」


 宇和島は絶望しかけていた。生徒会の気取った秀才たちを見返すチャンスだったのに、完全に出端を挫かれた状態だ。


「なんとかしておくれよ」

「なんとかって……どうすればいいんです」

「期間を短くしてもらうよう働きかけるとかさ」

「外部生の私たちに何ができるっていうんですか。福井さんとかを頼った方がいいんじゃないですか」

「まとめて処分を食らっております」

「じゃあ……松山さんとか?」

「あの子、文学にしか興味ないって」

「じゃあ諦めてください。授業、始まっちゃうんで、もう行きますね」

「薄情者ぉ」


 班員たちが足早に部屋を出ていくと、やがて部屋は静寂に包まれた。


――納得できん。


 大の字で寝そべりながら何度も心の中で唱えるものの、虚しさが募るばかりだ。


 暇だ。


 謹慎、といわれても、どう過ごせばいいのかまったくわからない。

 起き上がって窓を開けてみる。

 西寮は二つの棟に分かれていて、それぞれ北棟と南棟と呼ばれている。中間あたりにそれぞれの棟を結ぶ連絡通路があり、大雑把にいえばエの字形をしている。

 宇和島の部屋は南棟の北側にあり、窓からは中庭が見えるだけだ。

 校舎からも離れているので、体育の授業に勤しむ生徒たちの喧騒が聞こえる、などということはない。

 見慣れすぎて情緒を感じない景色だ。


 暇つぶしの方法を思いついた。

 以前から趣味で制作していたボトルシップが机に置いてある。

 過去には手のひらサイズの帆船を制作したことがあるが、今はそれより大きい、マストのある蒸気船を制作している。

 宇和島にとっては、時間を忘れて夢中にさせてくれる娯楽だ。

 瓶と睨み合いながら、専用のピンセットでパーツを慎重に挿入していく。


 どれほど時間が過ぎただろうか。

 気がつくと、瓶の中に荘厳な蒸気船が出来上がっていた。完成したようだ。


 伸びをしたあと、再び大の字で床に寝そべる。


「完成したらやることなくなっちゃうじゃん」


 再び虚しさが心を覆う。皆が学校で勉学に励む間にひとり自室で過ごすことが、こんなに虚しいとは思わなかった。お腹もすいてきた。そろそろお昼だろうか。

 天井を見つめながら、学校の皆の様子に思いを馳せる。


――いや待てよ。これはむしろチャンスなのでは。


 突如、降って湧いた考えに突き動かされるように、宇和島はむくっと上体を起こした。

 いま一度、よく考えてみる。

 学校に通う生徒たちは、授業だけでなく、さまざまな課外活動に取り組んでいる。だが、謹慎中ならそのすべての時間をテスト勉強に充てることができる。受講できない分の授業の内容さえカバーできれば、中間考査で上位を狙うことは充分可能なはずだ。


 そうとわかれば、さっそく行動に移すしかない。といっても、ひとりで何とかできる自信はないから、まずは教師役を探すところから始めよう。



「土佐ねえ、いるー?」


 自室からほど近い、土佐の部屋を覗いてみた。

 土佐は部屋の中央で、瞑想でもするように大人しく正座していた。

 慎ましく『お勤め』を果たしているようだ……というのは思い過ごしだった。

 彼女のまわりに、二、三本の空き瓶が転がっている。宇和島はその中の一本を拾い上げてラベルを確認した。『あざまけ』と書いてある。甘酒か。


「土佐ねえ、謹慎中に酒はまずくないっすか」

「なにが問題なのよ。こうして慎ましく部屋の中で生活しているじゃない。あなたこそ、謹慎中にこんなところを出歩いていいの」

「まあ、寮から出なければセーフってことで」


 土佐の班は宇和島より大所帯で、部屋も広い。メンバー同士の仲は良いとはいえず、班長の土佐を中心とする年長グループと、土佐の妹を中心とする年中グループに分かれて反目しあっている。


「そういえば、妹ちゃん、何かいってた?」

「何か、とは?」

「ほら、『ざまーみろ!』とか『いい気味だ!』とかさ、妹ちゃんならいいそうじゃん」

「べつに何も。今朝も無言で出ていったわ」

「へぇ、めずらしい」

「あれは生徒会のことを嫌っているから、心中複雑なんでしょう」


 なるほど。嫌いな生徒会が反対派を弾圧しているから、素直に「ざまーみろ」とはならないわけか。


「にしてもさぁ、もうちょっと妹ちゃんと仲良くできないの?」

「無理ね。生意気、幼稚、短気で気まぐれ。私のやることに何でも反対する」

「そうやってお姉ちゃんが見下すから片意地になるんでしょうが。もっとこう……歩み寄らないと」

「そんな話をするためにここへ来たの?」

「いえ、勉強を教わりに来ました!」


 土佐が急に怖くなったので、本題を持ち出すことにした。


「ウチら、謹慎明けたらすぐ中間考査でしょ?このままじゃ上位どころか赤点再試験のピンチなわけよ。だからさ、お互いを助けると思って、ウチの先生になってくれない?」

「残念ですがお断りします」

「そんなぁ」

「だいたい、謹慎中の生徒が二人揃ったところで、どうやって二週間分の授業内容をカバーするのよ」

「土佐ねえ、頭いいじゃん。教科書読んだだけで完璧に理解できるんじゃないの」

「私、これ以上波風を立てたくないので、しばらくは馬鹿のふりをすることにします。生徒会に目をつけられたくないし。だから、他をあたって頂戴」

「ぶー」


 いまの土佐は機嫌が悪いようだ。もともと浮き沈みの激しい性格である。これ以上、説得しても無駄だろう。

 機嫌のいいときは、面倒見の良い姉御肌なのだけれど。


 土佐は駄目だったが、この程度で諦めるわけにはいかない。

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