宇和島の憂鬱(二)

「号外!号外だよー!」


 威勢のいい生徒の声で、目が覚めた。

 宇和島は時計を見る。まだ早朝じゃないか。

 瞼を擦りながら戸を開けると、『新聞委』の腕章をつけた生徒と鉢合わせした。


「なんか?こんな朝早くに」

「あ、宇和島さん、おはようございます。今日もこまいですねぇ。号外、いかがですか?」

「新聞の押し売りはお断りですよー」

「いや、タダですから」


 宇和島は号外を受け取った。新聞といってもペラ一枚だ。その見出しに目をやる。


『転入試験実施 男子生徒受け入れへ』

『共学化不可避か!?』


 踊るような見出しで、眠気が吹き飛んだ。いったい、何がどうなっているのか。

 生徒会が男子生徒の受け入れを認めたのか?ミヤコ様が共学化を認めたのか?


「宇和島さんも見ましたか、それ」


 考えあぐねているうちに、聞き慣れた声に呼び止められた。福井だ。


「福井ちゃん、これ、どうなってるの?」

「わかりません……が、おそらく彦根さんが強引に共学化を推し進めようとしているんだと思います」

「ミヤコ様のお許しは?」

「得ていないでしょう」

「うわー」

「今から抗議に行きます。あなたもついてきてください」

「ええっ、ちょっと……あ、行くなら土佐ねえも連れていこうよ」


 土佐の部屋は、宇和島の部屋のすぐ近くだ。

 部屋の戸は開いていた。二人は室内に注目する。激しい口論が聞こえる。

 土佐と妹が喧嘩しているようだ。この姉妹はいつも喧嘩が絶えないが、喧嘩の理由を聞いてもたいがい腑に落ちない。今回はどうだろうか。


「だいたい姉者は東寮への出入りが多すぎるが!」

「生徒会が私を必要としているのよ。あなたも少しは誇りに思ったらどう?」

「なにが生徒会じゃ。ミヤコ様を蔑ろにしよって!生徒の代表者はミヤコ様ち」


 土佐妹が手に持っていた小冊子を姉に見せびらかす。表紙には『(栄光の)大学園史』と印刷されている。


「フンッ、水戸さんが配っていた本ね。こんな薄い本に感化されてミヤコ様にうつつを抜かすあたり、まだまだお子ちゃまね」

「なんやとっ」

「はっきり言うわ。ミヤコ様をお慕いする気持ちは私の方がずーっと上よ!」


「……なんか取り込み中みたい」

「私たちだけで行きましょう」


 あの姉妹の喧嘩を止める術は誰も知らない。土佐を連れて行くのは諦めて、二人は東寮を目指した。


「やはり副会長の力が必要です」


 早足で歩きながら、福井がいった。


「どうしたの急に」

「この混乱を収束させることができるのは副会長です。もっと強くそう主張するべきでした」

「そうかもしれんけど……彦根さんが認めるとは思えないなぁ」

「なら会長を説得します」

「会長と副会長は仲悪いって噂だけど……」

「なんとかします」

「なんとかなったとして、その場合、副会長が空席になるけど……あ、そうか。そのときは福井ちゃんが副会長になればいいんだ」

「私がですか?いえ、私は薩摩さんのほうがふさわしいと思います」

「え?でも、さっつんはんじゃ……」

「宇和島さんも、そうやって諦めているんですか?」

「……え?」

「この学園の悪い習慣です。今のは聞き流してください」


 生徒会執務室に着いたときには、彦根のほかにもう一人先客がいた。

 水戸さんだ。

 いつもと変わらぬ覇気で、彦根を相手にまくし立てている。


「ミヤコ様のお許しも得ずに共学化を断行するとはどういうつもりですか」

「学園の発展の為です」

「発展の為なら伝統を犠牲にしても構わないとおっしゃりたいの?」

「伝統を軽んじる気はありません。良い伝統は残す。不合理な悪習は断つ。男子が学び舎を求めているなら我々が提供する。何がおかしいんですか」

「わたくしはミヤコ様の意思を蔑ろにしたことを咎めているんです」


「彦根さん、ちょっといいですか」福井が二人の口論に割って入った。「転入試験が近日中に行われるというのは本当ですか」

「本当です。合格者はただちに秋津洲女子学園に転学となります」

「それは……全員男子ですか?」

「はい」

「ちょっと待ってよ!」宇和島が割り込んだ。「共学化は来年度からじゃなかったの?」

「現在、定員オーバーの男子生徒を温情で抱えている学校から、何名かの生徒を転学させる手筈となっています。正式な共学化を前にした地ならしとお考えください」

「急すぎるよ!」宇和島は声を張り上げた。「だいたい、生徒の意見だってまとまってないじゃん」

「その通りです」福井が同調する。「今回の決定は拙速に過ぎると思います」

「そうだそうだ!われわれは厳重に抗議するー!」


「フッ……副会長派が一致団結というわけですか」彦根が嘲るようにいった。「そもそもあなた達、共学化の方針で意見が分かれていたじゃありませんか」

「う……それは今は関係ないっ」宇和島は目をそらした。


「ところで水戸さん。私も読みましたよ、この薄い本」


 彦根はそういって、一冊の本を取り出し、テーブルに置いた。『(栄光の)大学園史』だ。


「あら、それは嬉しいこと」

「あなたが研究熱心なのはよくわかりました。……ですが内容がよくない」

「なんですって?」

「学園史といいながら、全体の半分以上がミヤコ様をはじめとする、西寮の歴代クイーンに関する記述で占められている。その一方で、生徒会に関する記述はわずかしかない。一見、当たり障りのないことが書かれているように見えますが、生徒会を卑下する意図が透けて見えます。そもそもこの薄い本、ちゃんと実行委員会の許可を得ているんですか」

「学芸会の出し物については、ちゃんと事前に申請しています」

「本の内容については?」

「それは検閲です。この学園はいつから表現の自由を放棄したのかしら?」

「いま、この本のコピーが多数、学園内で出回っています。憂慮すべきことです。生徒たちの行動に影響を与えかねない」

「結構なことじゃない。それだけみんなこの学園に関心を持っているということよ」


 彦根はむっとした。


「……とにかく、あなた達にはいずれ処分が下るでしょうから、そのつもりでいてください」

「ちょ、『あなた達』って!」宇和島が即座に反応した。「なんでウチらが処分されないといけないのさ!」

「生徒会運営に不当に介入しようとした行為に対する罰です」

「な……」宇和島は絶句した。共学化について意見を求めてきたのは生徒会のほうじゃないか。

「帰りましょう、宇和島さん」福井がいった。「このひとと話をしても無駄です」


 退出する福井のあとを、慌てて追いかける。

 だが、振り向きざまに「あっかんべー」することは忘れない。



 その数日後。


 校舎の掲示板の前にひとだかりができていた。

 宇和島は小さな身体で生徒たちの波をかき分けながら掲示板の前に立つ。



        告示


  水戸


  右の生徒を無期限謹慎に処する。


               以上



 彦根はどうやら本気だったようだ。


「しかし、無期限とはね」


 彦根の水戸さんに対する怒りはよほど大きかったと見える。

 しかし、何だろう。

 周囲の生徒たちの目線が、なぜか宇和島に向けられている。


「え……何?」


 宇和島がきょろきょろと周りを見回すと、生徒のひとりが掲示板を指差した。

 そして、布告がもう一枚掲示されていることに気づく。



        告示


  尾張

  福井

  土佐

  宇和島


  右の生徒を二週間の寮謹慎に処する。



                 以上

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