第三章

第51話「カケラのありか」

 遠い記憶の中、僕はそこにいた。


 小学校に入学して間もない頃、僕はお友達のおうちに上がり込んでいた。

 階段を上がった先、一室の可愛らしい女の子のお部屋。


 僕たちは肩が微かに触れ合う距離で並び合い、うつ伏せで寝転がっている。

 女の子は足をぷらぷらと上げたり下げたりして、これかな、これかなとぽそぽそ言いながら手探りを繰り返していた。

 その小さな手で掴んだカケラを取っては同じ窪みに何度も何度も持っていく。


「あっ、はまったよ横峯くん」


「すごいすごい、あともう少し」


「あっともう少しー、もう少しー」


「あともう少しのお歌?」


「うん、横峯くんも歌うの」


「「あっともう少しー、もう少しー」」


 歌いながらひたすら散り散りになったピースを二人で嵌め込んでいく。

 こんな時間がずっと続けばいいのに。

 だから最後のカケラはなくなってしまったのだ。でも、彼女にはすぐに気づかれてしまう。


「横峯くん、ばんざいして?」


「ば……ばんざーい」


 僕は万歳する。

 左手はグー、右手はパーだ。


 こちょこちょこちょこちょ。

 彼女は呪文を唱え出した。


「ふ……ふはは……やめ……ふははは」


 こちょこちょこちょこちょ。

 その不思議な呪文によって、僕の左手は開け放たれる。

 ポロッと、どこからともなくカケラが一つ床に落ちた。


「みーつけた」


「はぁ、はぁ、はぁ……どっから落ちてきたんだろうね。不思議だね」


「……こちょ──」


「ごめんなさい」


 僕と彼女は同じカケラを持って、せーので息を合わせた。


 500個の小さなカケラは大きな長方形へと形を変えて一つの絵柄を表す。

 可愛らしいキャラクターの絵だ。


「やったぁ!」


「えへへ〜、かわい〜」


 二人でゴロンと仰向けになって達成感を味わう。

 彼女は天井に向かって両手を広げてわーいと小さな声を上げていた。

 純粋無垢に喜んでる姿がとっても可愛らしい。


 次は何をして遊ぼう。

 そう思ってると彼女はコロンと顔をこちらに向けて話掛けてくる。


「ね? 横峯くん、お母さんがね? おままごとは小学校に入学したからそつぎょー? しなきゃいけないって言うの。だから、最後のおままごとしよ?」


 そう言って彼女は起き上がるとおままごとセットを押入れから取り出した。

 色とりどりの野菜や果物、キッチン用品がいっぱい詰まったものだ。


「うん、いいよ? でもおままごとって何やればいいの?」


「うーんとね? じゃあ横峯くんは……猫ちゃん好きだから猫ちゃん役ね?」


「猫ちゃん!?」


 二人しかいないのにペット役に抜擢された僕。とりあえず了承したけど、彼女は何役をやるんだろう。


「じゃあ、──さんは何をやるの?」


「私はね、お母さんやる」


「お父さんは?」


「……いらない」


 彼女のお父さんは僕も知ってるけど、とっても優しいお父さん。嫌いとかきっとそういうことじゃないんだと思った僕は彼女に疑問を投げかけた。


「どうして? お父さんがいないと寂しいよ?」


「だって、お父さん役は私のお父さんじゃないんでしょ? お兄ちゃんが言ってた、男の子はケダモノ? だって……だから怖いんだもん……」


 一体彼女はあの怖いお兄ちゃんに何を擦り込まれたんだろう。

 余計なことをするなと言われてたけど、僕は少し心配になってしまう。


「僕も男の子だよ?」


「横峯くんはお友達だからいいの」


 彼女はおままごとセットを横にずらすと斜め座りをし始めて太ももをペチペチと叩いた。


「じゃあ猫ちゃん役の横峯くんは、私の膝の上でゴロゴロしてね?」


「なんで?」


「猫ちゃんって膝に乗ってくるでしょ?」


「うん、それはそうだけど……」


 若干抵抗しつつも言われるがまま、僕は彼女の膝の上に頭を乗せる。

 むにっと効果音が聞こえた気がした。


「おままごとセットは使わないの?」


「だって、猫ちゃんのご飯ないんだもん」


 彼女は僕の頭を撫で始める。

 もはやおままごとではなくごっこ遊びだった。


「ね? 横……修ちゃん気持ちいい?」


「修ちゃん? おばあちゃんと同じ呼び方だね」


「だっていつもの呼び方だと猫ちゃんっぽくないだもん……ダメ?」


「いいよ?」


「じゃあこれからは修ちゃんね?」


 彼女は嬉しそうに微笑む。

 とっても可愛い僕のお友達。

 その表情につられて僕も顔がほころんだ。


「じゃあ僕も──ちゃんって呼んだ方がいいかな?」


「猫ちゃんは喋っちゃダメなんだよ?」


「えぇ……」


 それからどれくらい経っただろう。

 彼女は僕の名前を嬉しそうに呼んではひたすら頭を撫で続けた。

 どうして頭を撫でられるのってこんなに気持ちいいのかな。


 お母さんやおばあちゃんのときとはまた違った感覚。それはきっと彼女が僕にとって特別な存在だからなのか、他の子と比べることができない僕には分からなかった。


 反対に彼女はどう思ってるのかな。

 僕はただの猫ちゃん役だから、猫ちゃんとして撫でてるのか、お友達として撫でてるのか、でも、きっと──


『違うよ?』


 突然声が聞こえると、辺りは真っ白で何もない空間に僕は横たわっていた。

 目の前には男の子が立っている。


『誰でもよかっただけだよ?』


 君は誰?

 どうしてそんなこというの?


『僕は僕だよ。僕はあのとき気づいたでしょ?』


 あのときっていつ?

 なんのこと?


『どうして知らないふりするの?』


 分からないよ。


『本当にそうかな。だってあのときの彼女は──』


 やめてよ。

 聞きたくない。


『“────”誰でもよかったんだよ』



 ──あぁ、そうなんだ。

 どうして気がつかなかったんだろう。

 どうして気がつかないふりをしてたんだろう。

 こんなにそばにいたのに、どうして僕は……。


 とっても悲しくなった。

 僕は特別だと思ってたけど、彼女にとってはそうじゃなかった。


 彼女はきっと……。


 男の子の手から、ポロッと何かが落ちる。

 僕はその小さなカケラを拾い上げた。


 何かが頬を伝ったとき、意識が薄れて消えていく──。

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