第45話「わたしの太陽」※ひまり
高校受験を決意して進むべき道が少し開けた時、スマホを壊しちゃったことはママに謝ってスマホは解約した。
私が外に出るか、誰か尋ねて来るかしない限りはもう誰かとコンタクトを取る術はなくなった。
遅れを取り戻すように、ひたすら家で勉強してた。
勉強に集中してる時は、あのことを思い出さなくて済む。
入試の面接が一番の気掛かりだった。
不登校だった私は内申は最悪だろうし、不登校の理由を訊かれたらどう答えたらいいのか苦悩した。
でもそんな私の悩みは徒労に終わる。
訊かれたのは過去ではなく“これから”のこと。
もしかしたら面接官の人も知ってたけど、あえて訊かなかったのかもしれない。
そうしてあっという間に月日は流れ、無事に高校に合格。
当然のように卒業式には出られなかった。
いまさら行ったって、白い目で見られるだけだから。
合格のお祝いで新しいスマホをママが買って来てくれた。
もう壊さないように、大切にしよう。
あんなことがあったから、もうこのスマホに男の子の連絡先が入ることはないんだと思った。
高校では一部の運動部を除いて髪に関する校則はない。
新しい自分に生まれ変わるかのように、ママにお願いして髪を栗色に染めた。
これは高校デビューというのかな。
高校に合格はできたけど、勉強についていくのに必死だった。
一番最初のテストでは最下位から数えてすぐ。
レベルが高いだけあって、本当にギリギリで合格したことを痛感した。
料理研究部に入りたかったけど、この成績だとそんな余裕はない。
その代わりお世話をしてくれるおばあちゃんのために、毎日ご飯を作って料理の腕を磨いた。
高校生活は楽しい。
それでも男の子の前では、素直に笑えなくなってた。
“笑えない仮面”が顔に張り付いてた。
「思わせぶりな態度取んなよ」
もうそんなこと言われたくなかった。
うまく笑わなければ、そんな思いを相手に抱かせなくて済む。
何人も何人も連絡先を聞かれたけど、当然のように全て断った。
高校に入学するきっかけになったパンフレットを作った女の子。
その人はすぐに見つかった。
横峯愛香さん。
とっても綺麗な人……。
それから修くんが気になり始めた。
だって、あの愛香さんの弟さんだよ?
絶対に普通の男の子なわけがないと思った。
遠目から修くんの笑った顔を初めて見た。
とっても可愛い。
私もあんな風に笑えたら。
その笑顔がまた見たくて、1年近くずっと目で追ってた。
それから2年生になったときに初めて修くんとお話しした。
私は仮面を作った。
“作り笑いの仮面”
それを“笑えない仮面”の上に重ねて被る。
一瞬で2つとも引き剥がされた。
不思議な男の子。
いつぶりだっただろう。
自然と笑えたのは。
その日、スマホには修くんの名前が登録された。
それからずっと修くんのことを考えるようになってた。
修くんといつも一緒にいた遥ちゃん。
とっても可愛い女の子。
お話ししてみて、すぐに気づいた。
遥ちゃんって、男の子が苦手みたい。
そんな遥ちゃんが唯一自然体で居られるのが修くん。
私と遥ちゃんって、少し似てると思った。
そんな遥ちゃんは恋を知ってるみたい。
私は恋を知らない。
だから、私も恋を知ってみたくて、好きになってもいいのかなぁって考えてた。
でも、とっくになってた。
とっくに、好きになってた。
私はもう、恋を知ってた。
ただ気づいてなかっただけ。
四六時中、修くんのことばっか考えてるなんて、恋以外の何ものでもなかった。
だから私は、恋を知ったから恋をしてみたくなった。
いまは片想いでもいいの。
修くんともっとお話しして、修くんともっと遊んで、修くんとたくさん手を繋いでみたい。
修くんと一緒にいれば、私の笑顔はまた咲くの。
やっと見つけた──わたしの太陽。
その光を浴びたくて、毎朝早く学校に行って咲くのを待つ。
スマホで小説を読みながら気付いてないフリ。どこの行まで読んだか分からなくなる。
修くんが教室に入ってきたのは気付いてるのに、そんなことしちゃう。
「おはよう、ひまり」
だって、咲いた私を一番早く修くんに見せたいんだもん。
「おはよっ! 修くん」
ほら、今日も元気に咲いたよ。
家族以外から食べ物を貰うのに抵抗が出るようになってた。
お友達との何気ないおかず交換も無意識に警戒してしまう自分がいる。
変な物が入ってないか、すごく味覚に敏感になってた。
修くんにしてもらった初めてのあ〜ん。
安心して食べられた。
それと男の子と初めての間接
隠し味のスパイスのお陰か、今までで一番美味しいスイーツだった。
そのときの約束もあってか、修くんから初めてデートに誘われた。
スイーツフェスティバル、夢の祭典。
喜びも束の間、開催地が私の実家のすぐ近くだったことに気がついた。
これは……偶然?
もしもここに行ったら、中学の知り合いに遭遇する可能性がある。
それでも私はもう、逃げない。逃げたくない。
修くんと一緒なら、きっと大丈夫。
「花菱って、あの
そんな私の意気込みは、一瞬で砕け散った。
私の噂が尾ひれはひれが付いて耳に入ってくる。
ある程度は覚悟してた。
それでも修くんに、大好きな人に、そんなことを聞かれたのがショックで、私はまた逃げ出してしまった。
フェス会場からすぐ近くの実家の自室に閉じこもった。
またあの時と一緒。
ベッドに横になって、ただ時間が過ぎ去るのを待つ。
少し違うのは、涙が止まらないとこくらい。
今日は修くんとの初デートだった。
台無しだ。
私が台無しにした。
もう……やだ……。
「ひまり? 入るよ?」
「うん……」
今日、デートに行くことはママに伝えてた。
部屋で何時間も引きこもってる私を心配して様子を見に来てくれた。
「ママ……また……逃げちゃった……」
「ひまり、本当につらかったら逃げてもいいのよ? だけどね? 修くんはどうしたの?」
そう言われていまさら気がついた。
スマホはバッグに置きっぱなし、修くんに実家のこともまだ何も言ってない。
私は自分のことばっかりで、修くんのこと、全然考えてあげられてなかった。
「どうしよう……修くん……心配してるよね……」
「修くんはとっても優しい男の子なんでしょ? ひまりのこと、ずっと待ってるよ?」
「うん……」
「修くんは、まだ逃げてないよ?」
「修くんは……逃げてない?」
「修くんが逃げるときは、ひまりのことが嫌いになったときでしょ?」
修くんがあのことを知ってどう思うのか。
私には分からない。
でも今度こそ、逃げたくない。
「ママ……私、修くんのところに行ってくる」
「うん、いってらっしゃい。帰りにうちに連れて来てね? ママも修くんが見たくなっちゃった」
「うんっ」
私は急いであの湖の見えるテーブルへ向かった。
ママが言ってたとおり、修くんはずっと待っててくれてた。
少し汗ばんでるのが分かる。
私のこと、ずっと探し周ってくれてたんだ。
「ねぇ、ひまり? 僕は針千本飲まないよ?」
修くんが突然そんなことを言ってくる。
一瞬どっちのことかと思ったけど、保健室でのあの約束のことだってすぐに気がついた。
修くんには話しても、私のことは嫌いにならないでいてくれる。
修くんは絶対に逃げないでいてくれる。
修くんに全部打ち明けようと決心した時だった。
笹倉くんの声だ。
記憶にある声よりも少しだけ低い。
体が震えてくる。
逃げたい。でも、逃げたくない。
セックスフレンド? 何それ? 修くんの前で適当なこと言わないでよっ!
笹倉くんがスマホを取り出した。
やだやだやだやだやだ!
見たくない。見せたくない。
私は見ない。
ても、修くんに見られた……。
もうこの場に留まることで精一杯だった。
私の大好きな声が聞こえる。
何言ってるんだろう。
ちゃんと聞かなきゃ……。
「ねぇ、ひまり? ひまりはあれを最後まで見た?」
「……ううん、見てない……怖くて最後まで見れなかった……」
「じゃあ、ひまりはあれを最後まで見なきゃ」
「どうして……?」
「僕にはあそこに映ってるのは、ちゃんと見てもひまりに見えるよ? ひまりはどうかな?」
やっぱり修くんから見てもあれは私なんだ。
私から見たって、それは変わらないよ。
「あれは……私だよ……」
「本当にそうなの? だって、ひまりはちゃんと見てないんでしょ? ひまりだけはちゃんと見ないとダメだよ。ねぇひまり、
修くんは一体何が言いたいんだろう。
あれを見れば、その答えが分かるの?
私は顔を上げた。
スマホの画面に映る犯される私。
吐き気がする。
胸が苦しくなる。
つらくて、逃げ出したい。
無理だよ修くん……もう、見れないよ……。
私が消え入りそうになった時、左手が暖かくなる。
修くんの優しい手が、私を包み込む。
とっても落ち着く。
少しだけ勇気が湧いた。
もう一度、スマホの画面を見る。
映ってる顔、私。
後ろの背景、私が泊まった部屋。
着ている浴衣、あの旅館のもの。
右膝のホクロ、絆創膏を剥がしたら同じものがある。
これは、私。
『しっかり観て』
修くんはそう言ってた。
あの日着てた下着、体のライン、胸の形と色、乳首の横にあるホクロ、性器。
しっかり観ようとした。
──映ってない……?
最後まで観た。しっかりと。
観ようとしたものが何一つ映ってなかった。
私は最後まで観て、修くんが言いたかったことが自然と口から溢れ出した。
「分からない……私かどうか……私には分からない……」
「うん、これは“ひまり以外にはひまりに見える”けど、“ひまりにはひまりかどうかわからない”動画なんだよ」
「ど……どういうこと?」
修くんは私から視線を外すと、笹倉くんに向かって問いただした。
「ねぇ、その動画って……ホンモノ?」
修くんの声が、言葉が、
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