第46話「護ってあげなよ」
「ねぇ、その動画って……ホンモノ?」
僕は目の前にいる男の子に問いかけた。
最初から違和感があった。
当時の中学生が撮ったにしては、ホームビデオ感がなく鮮明に撮れ過ぎてる。
それとは反対に、肝心なとこを撮らないために設置したかのような不自然なアングル。
浴衣の上からひまりの体をまさぐってるけど、決して脱がそうとしない。
普通だったら胸とか普段見れないものを撮るのに、それはまるで“普段見れないものを撮らないようにしてる”かのように見えた。
「何言ってんの? 見れば分かるじゃん、ホンモノだよホンモノ。君って花菱さん狙ってんの? 現実逃避したいのは分かるけどさぁ、残念だけど“花菱さんの初めて”は俺が美味しく頂いちゃったわけよ」
「それじゃあ、ヘタクソだね」
「……は?」
「撮るの、ヘタクソだね」
「……はぁ〜、分かってねーなー。見えそうで見えないってのがそそるんじゃねぇかよ。なぁ、お前もそう思うだろ?」
「そうそう、めっちゃ夜のオカズでお世話になったわ」
男の子たちの言ってる性癖は僕にはよく分からなかった。
きっと何を言っても認めようとはしないんだろう。
「ねぇ、ひまり? 僕はあれがホンモノじゃないって思うんだ。男の子はホンモノだって言うけど、ひまりはどう思う?」
ひまりの答えはもう、とっくに出てるようだった。
「それは……私じゃない……」
「花菱さん、いい加減認めようよ。1回ヤッたんだからさぁ、またヤらせて? 1回も2回も変わらないでしょ?」
「それは! 私じゃ、ない!!」
ひまりの力強い否定の言葉。
それが男の子に突き刺さった。
もういくら揺さぶっても無意味だと悟ったのか、諦め顔を浮かべて自供するかのように語り出した。
「はぁ〜、もういいわー、まじムカつく。お前何なの? もうちょっとだったのに、お前のせいで台無しだわ」
「……台無し?」
「わざわざ学校休んでまで“ディープフェイク”作んのに、現地に行って下準備までしたのによー。ま、花菱さんの
「でぃーぷふぇいく? よく分からないけど、結局ホンモノじゃないってことでいいのかな?」
「ニセモノだよニセモノ。信じ込ませるのに、先入観を植え付けるアイデアを絞り出すのもなかなか苦労したんだぜ? 気づかれないように“擬似精液”垂らすとかな」
僕は詳しい経緯を知らない。
ひまりがあれだけ信じ込んでしまったのも、男の子の巧妙な手口のせいだったのかもしれない。
それにとても精巧に作られた
そんなものを見せられて冷静に判断するのは難しかったと思う。
「ひまりが被害を訴え出たらどうするつもりだったの?」
「俺と花菱さんは合意の上でヤッたって証言してくれる人はたくさんいんだぜ? その信憑性を高めるために、花菱さんが俺に“後ろから抱きついて誘惑してきた証拠”を取るのは失敗に終わったがな。どっちみち俺は指一本触れちゃいないんだ、バレて軽い傷害と名誉毀損くらいか? そんなの有能な弁護士に丸投げして示談金払って終わりだろ」
「どうしてそこまで? 僕にはひまりが誰かに嫌がらせされる女の子には見えないんだけど」
男の子は不快な思い出を振り返るように語り出す。
そこに怨みを込めるかのように。
「その女が俺をこけにしたからだよ。他の男とは距離置いてるくせに、俺の誘いには乗るから気があるのかと思ったら、付き合うつもりもないのにさんざん思わせぶりな態度取りやがって。まじでムカついたから、精神的に追い詰めてやろうとしたんだよ。本当にヤッてやりたかったが、“反省期間中”だったからパパにバレたら殺されるからな。それにしても間抜けだよな〜、遭ってもいない被害に苦しんでるのは
この男の子はどうしてそんなに人を苦しめられるんだろう。
お金を払えば済むと思ってるみたいだから、お金がたくさんあるとわがままになっちゃうってことなのかなぁ。
いろいろ気になることはあるけど、一番引っかかったことを訊いた。
「思わせぶりな態度って、なに?」
「あんたも友達ならちょっとは覚えあんだろ? その女が愛嬌振りまいてんの」
「……え? 愛嬌があるのはひまりのいいところでしょ? それをお友達に向けちゃいけないの? ひまりは本当の自分でいちゃいけないの? ひまりは何にも悪くないよ。ひまりはただ自分らしく、お友達を大切にしようとしただけ」
そんな理由でひまりを苦しめてたの?
お友達を大切にしない、目の前の男の子に腹が立った。
僕は少し強めの口調で言葉を発した。
「そんな見苦しいこと、やめようよ」
男の子は僕の言葉に明らかに不機嫌な様子だった。
きっとこの男の子には、いくら言葉で語りかけても伝わらないだろう。
「お友達を大切に? ねぇ、花菱さん。この男って、花菱さんの友達でいいのかな?」
「……そうだよ。私の、とっても、とっても大切なお友達」
ひまりの回答を受けて、男の子は新しいおもちゃを見つけたような表情を浮かべた。
「へぇ〜……じゃあさー、その大切なお友達。ちゃんと護ってあげなきゃね?」
「修くんっ!?」
男の子は突然イスを台代わりにしてテーブルを飛び越え、僕を蹴り倒して馬乗りになった。
握った拳を顔面に叩きつけてくる。
イスから落ちて背中を打ち付けた衝撃、体重がのし掛かる圧力、顔面への痛み。
一度にたくさんの痛覚が僕の脳へ伝達された。
数回殴られたところで、顔を腕でガードした。
男の子は僕に拳を振り下ろしながら、びっくりして立ち上がったひまりに顔を向けてその反応を楽しんでいる。
「ほら、護ってあげなよ。大切なお友達なんだろ? 『私が全部悪かったです』って言えば止めてやるよ」
「いやっ、修くんを傷つけないでっ!」
「ほらほら、早くー、じゃないとさ、大切なお友達の顔面、ぐちゃぐちゃになっちゃうよ?」
「や、やだぁ、しゅーくん、やだぁ」
ひまりはどんどん涙声になり、おぼつかない話し方へと変わっていく。
まるで自分の宝物が目の前で壊されるのを眺める子供みたいに。
涙をぼろぼろこぼすと同時に、それを両手の人差し指ですくい取りながら必死に言葉を絞り出す。
「わた、わたしがぜんぶ、わるかったですぅ、だか、だからぁ、じゅーくんにらんぼう、しないでっ……」
「んー、次はどうしよっかなー」
男の子は一旦、手の動きを止めた。
まるでゲームを楽しむかのように、次のお題をひまりへと伝える。
「じゃあさー、全部服脱いで? 四つん這いになってこっちにケツ向けてよ」
再び拳が振り下げられる。
もうお題は提示されたと言わんばかりに。
ひまりの手が、ゆっくりと胸元へ動き出した……。
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