第43話「恋を知らない女の子」※ひまり
私は自然に囲まれた田舎の中で育った。
花菱ひまり。
ひらがな書きでちょっとだけ変わった名前。
可愛らしく、笑顔で、元気いっぱいに育って欲しい。
そんな意味で名付けたってママが言ってた。
いつでも元気いっぱい、ニコニコ笑うの。
私はその名に恥じない生き方をしてたと思う。
そんな笑顔を振りまいてたこともあってか、物心ついた時から周りからは可愛いってたくさん言われて育った。
そこに打算なんてない。
笑顔を向けるのは普通なんだって思ってた。
お友達もたくさんいた。
男の子も女の子も分け隔てなく、たくさん遊んでた。
男の子と遊ぶときでも、そこには恋愛感情なんてない。
田舎だったからか、人との距離も近かったと思う。
ただ純粋に、お友達として遊ぶの。
それが普通で、それ以上でもそれ以下でもなかった。
中学生になってママに初めてスマホを買って貰った。
私がスマホを買ったってお友達に言ったら、みんなに連絡先を聞かれた。
さっそくお友達をたくさん登録して、いつものように日常生活を送ってた。
異変を感じ始めたのは、中学2年生になった頃だった。
今までお友達だと思ってた男の子たちから、たくさん告白されるようになった。
「好きです」
その言葉の重みが分からなかった。
「付き合ってください」
その言葉の行く末が分からなかった。
「思わせぶりな態度取んなよ」
そんなことを言われて、傷ついたこともあった。
そこからは男の子との距離を置くようになった。
私は純粋にお友達として接してたけど、一緒にいるときの男の子は、私とは違った感情で接して来るのを感じ取るようになったから。
どうしてなのかなぁ。
子供の頃って、男の子はもっと純粋で、下心なんてなかったのに。
これが大人になるってことなのかなぁ。
私が“恋を知らない”からなのかなぁ。
それから中学3年生になったときだった。
私のクラスに転校生がやってきた。
大企業の社長の息子さんらしい。
お金持ちの人がどうしてこんな田舎にわざわざ引っ越してきたんだろう。
複雑な家庭環境なのかなってみんな噂してた。
それでも男の子はイケメンらしくて、スポーツも出来て、女の子にたくさん囲まれてた。
私はすぐに男の子から声を掛けられた。
「ねぇ、よかったら友達になってくれない?」
そんなことを言われたのはいつぶりだろう。
少し不安だった私は聞き返すかのように確認を取った。
「えっと、お友達で……いいんだよね?」
「うん、そうだよ?」
純粋にただお友達になるんだと思ったから、私は久しぶりに連絡先を交換して、その男の子──
よく遊びにも誘われた。
カラオケに行ったり、映画を観たり、ご飯を食べたり。
どこにでもある、お友達同士の普通の遊び。
でも──しばらく経ってその関係は崩れ去った。
修学旅行の2週間前、笹倉くんに呼び出されて
「俺たち付き合おう?」
「……え?」
お友達でいいんじゃ、なかったの?
私はまた、思わせぶりな態度を取っちゃってたの?
それはまるで付き合うのが確定してるかのような切り出し方だった。
いま目の前にいる男の子はお友達として好きだけど、特別な好きじゃない。
突然のそのセリフに私はどうしたらいいか分からず、ただ謝ることしか出来なかった。
「あの……ごめんなさい」
「……え? なんで?」
「お友達だと……思ってるから……」
「は? 普通分かるでしょ? あんだけデートの誘いにも乗っといて、
笹倉くんは急に口調が荒くなった。
その威圧感な態度に恐怖さえ感じて、少し声が震えた。
「ごめんなさい……」
「本当にいいの? 俺をこけにしといて後悔しても知らないよ?」
後悔。
付き合わないことに私が後悔するって、どういうこと?
それでもやっぱり、お付き合いはできないと思った。
「ごめんなさい……」
「はぁ〜……もういいわ」
笹倉くんは苛立ちを見せながら去って行った。
私は笹倉くんの誘いにどう答えれば正解だったのか、考えたけど分からなかった。
次の日から1週間、笹倉くんは学校を休んだ。
あんな態度だったけど、あれは強がりで、私が断ったから心を痛めてしまったのかもしれない。
罪悪感で押し潰されそうだった。
修学旅行が始まった頃には、笹倉くんは今まで通り接してきた。
告白のことなんてなかったかのように。
そして修学旅行の初日の夜。
宿泊場所は旅館で、夜食は大きな宴会場でたくさんの料理を食べながら、ステージで繰り広げられる宴会芸に心を弾ませる。
そんなとき、笹倉くんが何かを持ってこっちにやってきた。
「ねぇ、花菱さん。よかったら食べる? おれ乳製品食べられなくてさ」
笹倉くんが差し出してきたのは、デザートのブルーベリーヨーグルトだった。
「いいの?」
「うん、だって友達でしょ?」
「うんっ! ありがとっ!」
あんなことがあったけど、笹倉くんはまだお友達だって言ってくれた。
またお友達の関係に戻れたんだと思ってた。
それからしばらくして体調に異変が起きる。
急に眠気が襲ってきた。
どうしたんだろう。
慣れない旅で疲れたのかな。
「ねぇ、ひまり? 大丈夫?」
「うん……ちょっと眠くなっちゃったから、先にお部屋……戻ってるね……」
同室のお友達が心配してくれたけど、私は一人で部屋に戻ることにした。
足がおぼつかない中、なんとか部屋に向かって廊下を進む。
下を見てたからなのか、すぐにそれに気付いた。
「お財布……?」
私がそれを拾い上げた瞬間、すぐに声が掛かる。
「あっ、花菱さん。それ俺の財布。よかった〜拾ってくれてありがとう!」
そのお財布の持ち主は笹倉くんのだった。
「うん……どういたしまして……」
「大丈夫? 体調悪そうだけど」
「うん、大丈夫……ちょっと……疲れちゃって……眠いだけ……」
「ほら、乗って? 部屋まで運んであげるよ」
そう言って笹倉くんは背中を差し出してきた。
私はその背中に体を預けるのに抵抗があったから断ろうとした。
だけど、きっと笹倉くんは私を心配してやってくれたんだろう。
違った形でお願いすることにした。
「えっと……じゃあ……肩だけ貸してくれるかな……?」
「ツっ……うん、いいよ」
私は笹倉くんの左肩を右手で掴んで歩き出した。
そこからは本格的に眠気との闘い。
どうしてこんなに眠いんだろう。
部屋まで意識を保つのに精一杯だった。
何とか部屋に辿り着いた。
笹倉くんにちゃんとお礼、言ったかな。
部屋に入り
もう力が入らない。
そして私はすぐに意識を手放した……。
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