第42話「針千本は飲まない」
★前書き(必ずお読みください)★
念のため今話にも記載します。
次話以降も同様の内容につき、前書きはしませんのでご注意ください。
今話以降も“シリアス展開を読みたい方”だけ読むことをおすすめします。
シリアス展開を読みたくない方は、今後公開予定の「第48話」まで飛ばしてお読みください。
途中でタグ付けやジャンルについて文句を言いたい方もおられるかと思いますが、このまま進めさせていただきます。
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何分経っただろう。
僕も突然のことで冷静じゃなかったかもしれない。
これ以上がむしゃらに探しても見つからないだろう。
迷子センターに行ってアナウンスしてもらおうかと思ったけど踏み止まる。
ひまりの今日の格好と聞こえてきた男の子たちの会話。
ひまりの名前を出すのは得策じゃないように思えた。
荷物はずっと置きっぱなしだから、もしかしたらひまりはさっきの場所に戻って来るかもしれない。
僕はあの湖の見えるテーブルへと戻った。
ひまりの荷物はまだある。
念のためまたスマホでひまりに電話してみたけど、着信音はバッグから鳴り響いた。
「ひまり……戻ってくるかな……」
それからずっとずっと、僕は待ち続けた。
*****
時刻は夕暮れ前──映画の最終上映が始まり、辺りには人影がなくなってきた。
ポツンと座ってるのは僕だけ。
不安になってくる。
ひまりは事故に遭ってないだろうか、無事だろうか、ひまりは……僕と同じ気持ちになってないだろうか。
僕は今日、ひまりを連れて来なければよかったんじゃないだろうか。
いろんなことを考えてた。
そんな時だった。
「修くん……」
僕の真後ろから声が掛かる。
振り向かなくても分かる。
いつもの声、いつもの呼び方。
だけど、その声音はいつものものじゃないことはすぐに分かる。
罪悪感を抱えた声だ。
僕はゆっくりと振り返った。
泣きはらした顔。
「ひまり……無事でよかったよ」
「……修くん……ごめんね……また……また逃げちゃった……」
また。
ひまりは何から逃げたんだろう。
「ひまりは、逃げたくなかったの?」
「……うん、逃げたく……なかったの……でも……ダメだった……また……逃げちゃったの……」
「ごめんね。僕が連れて来なければ、ひまりは傷付かなかったよね」
「ううん、違うの。修くんは何も悪くない……」
ひまりはすごく自分を責めている。
そんなひまりを僕は見たくなかった。
笑ってて欲しい。
「ねぇ、ひまり? 僕は針千本飲まないよ?」
「……え?」
ひまりは一瞬、何のことかと思って疑問の声を上げたけど、すぐに僕の言葉の意味を理解したようだった。
「修くん……お話、聞いてくれる?」
「うん、ちゃんと聞くよ?」
ひまりは僕の真横に座った。
食べ終わったスイーツの空箱をジッと見つめながら、話し始めようとした。
「あのね──」
「あっ、いたいた。やっと見つけたよ」
テーブルの向かい側から男の子の声が聞こえてきた。
誰かを探してたんだろう。
その声を聞いた瞬間、ひまりの体が硬直する。
探してた対象は、ひまりのようだった。
背格好と顔つきからして僕らと同じくらいの年頃の男の子。
金髪にチャラチャラしたネックレスを引き下げている。
その後ろにはさっきひまりの話題を出していた男の子たち二人。
もしかしたらあの時、僕がひまりの名前を大声で叫んだせいかもしれない。
「久しぶり、花菱さん。元気してた? 俺に何も言わず勝手にいなくなるなんて、ヒドイんじゃない?」
「……」
ひまりは何も言わない。
顔色がどんどん悪くなってる。
ひまりは逃げたくないって言ってた。
でも、ここにいさせていいんだろうか。
「ひまり? 大丈夫?」
「……うん」
「おいおい、俺のことは無視?」
「えっと……君は、ひまりのお友達?」
「ん? お前こそなに?」
「僕はひまりのお友達だよ?」
「あぁそー、俺も友達だよ」
男の子はそう言ったけど、とてもお友達という感じではなかった。
ひまりは男の子の方を見ようとも、名前を口にしようとすらしないから。
まだひまりは何も言わない。
でも、次の言葉を男の子が発した瞬間、ひまりの感情は大きく揺さぶられる。
「あ〜、友達っつってもあれだよ? セフレだよセフレ。セックス“フレンド”ってやつね?」
「ちがうっ!」
こんな取り乱したひまりは見たことなかった。
そんなひまりをよそに、名前も知らないその男の子は冷静に話を続ける。
「何が違うの? 花菱さんもヤッた後に俺が
「……」
ひまりはまた黙り込む。
その沈黙が何を意味するのか、事情を何も知らない僕には読み取れない。
「ひまり? 違うことは違うって言ったほうがいいよ?」
「勝手に口挟まないでくれる? 今はセフレの俺が話してるんだから、ただの友達は黙っててくれないかな?」
「ひまりはさっき、違うって言ってたよ?」
その一言を聞いて、男の子はニマニマしながらスマホを取り出した。
「いやっ! やめてっ! 修くんに見せないで!」
ひまりは悲痛な叫び声を上げると、テーブルに顔を突っ伏して塞ぎ込んでしまった。
「ほらっ、しっかり見なよ! 花菱さんも思い出すでしょ? あの時は気持ちよかったなぁ〜」
男の子はスマホをこちらに向けた。
その小さなスクリーンからは、動画が再生されている。
映った背景からしてどこかの旅館だろうか。
少し上から撮られた定点カメラの映像。
男の子が上から誰かに覆い被さり、腰を振っている。
少しだけ乱れた浴衣からすらりと足が伸び、右膝にはどこかで見たようなホクロがある。
男の子が顔を上げたとき、女の子の顔が映し出される。
そこに映っていたのは今より少しあどけない顔、たぶん中学生くらい。
黒髪姿の──ひまりだった。
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