第40話「誰よりも可愛い」

 学校に到着して席に着く。

 ひまりは今日も先に登校してた。

 いつもスマホを見て何かに夢中になってる。


 美味しそうなスイーツでも見てるのかな。

 僕が話しかけるまで気づかない。


「おはよう、ひまり」


「おはよっ! 修くん」


 毎朝のお決まりの挨拶と可愛い笑顔。

 昨日のことは嘘みたいに、今日もひまりは元気だった。

 さっそく今朝のことをひまりに伝えてみた。 


「ねぇ、ひまり。これ、よかったら一緒に行かない? 珠紀さんが出店するんだって」


「なぁに?」


 ひまりはスイーツフェスティバルのビラを受け取った。


「スイーツ……フェスティバル……夢の祭典……」


 いつものように甘い物に夢中になっているひまり。

 当然僕は行きたいものだと思っていた。

 だけど次の瞬間、ひまりの表情が曇る。

 ビラを持つ手が小刻みに震えていた。


「修くん……これ……」


「あっ、ちょっと遠いけど、お姉ちゃんが交通費出してくれるっていうから心配しなくて大丈夫だよ?」


「ううん……そうじゃ……なくて……」


「もしかして予定あった?」


「ううん……ない……なんにも……」


 ひまりは何が引っかかったんだろう。

 そのビラにはフェスの内容と住所くらいしか書かれてない。

 あとは協賛企業に僕でも聞いたことがある大手の映画会社が入ってるくらい。


 僕が疑問に思っていたその時、士道くんが登校してきた。


「おはよう、士道くん」


「うす」


 士道くんは席に着くとひまりが持ってるビラと僕が持ってるチケットを見て、僕に質問してきた。


「なんだ修司、デートのお誘いか?」


「……デート?」


「違うのか?」


 デート。

 確か意味は『日時や場所を定めて男女が会うこと』だったはず。


「うん、デートのお誘いだね」


「修くん……デートなの?」


「うん、デートだよ?」


「じゃあ……行く」


「大丈夫? なんか浮かない顔してるけど……」


「ううん、何でもない。あと……現地集合でもいい?」


「うん、大丈夫だけど……じゃあ、交通費あとで渡すね」


「ううん、いらないよっ」


「ホントに? 往復ですごく高いよ? 新幹線だと2万円くらいかかっちゃうし」


「うん……知ってる」


「必要だったらいつでも言ってね?」


「うんっ」


 そうして僕たちはデートの約束をした。

 それにしても何で現地集合なんだろう。


 *****


 ゴールデンウィークに突入し、ひまりとのデート当日。

 フェスの最寄り駅に着いた。

 時刻は11時、電車と新幹線、バスと乗り継いで3時間くらいかかった。

 ひまりはいつ頃到着するんだろう。


 約束の時刻は11時30分。

 ちょっと早く着いちゃったけど、このまま待つことにした。

 10分くらい経ったところで、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「修くん、お待たせ……」


 僕が顔を上げると、そこにはひまりがいた。

 駅から来たわけじゃないみたい。

 すでに着いてどこかに行っていたようだ。


 でも、僕が気になったのはそこじゃなかった。

 ひまりの格好はこの間の華やかな感じじゃない。

 地味な長袖長ズボン、つば付き帽子を目深く被り、靴はスニーカーを履いていた。

 まるで身を隠すような格好をしている。


「ううん、大丈夫だよ」


 それよりもなお、僕が気になったのはそれですらなかった。

 僕が気にした表情を見せたからだろうか。

 ひまりは不安な様子で訊いてくる。


「修くん……こんな格好……可愛くないよね……」


「ううん、そうじゃない。そうじゃないけど、今日のひまりは可愛くないかも……」


「え……?」


 僕がそんなことを言うのが意外だったのか、ひまりは狐につままれたような表情を浮かべた。

 僕はその意味を伝える。


「だって、今日のひまり、笑ってないんだもん。本当は今日……来たくなかったんじゃない?」


 ひまりは俯いたまま、黙ってしまった。

 こんなこと言うべきじゃなかったのかもしれない。でも、どうしてもひまりに伝えたかった。


「こんなこと言って、ごめんね。僕はひまりが笑ってる時が、一番可愛いって思うんだ。格好なんて関係ないよ。笑ってるひまりは、誰よりも可愛い」


 それは僕の心からの想いだった。

 さらに言葉を続ける。


「ひまりが笑えないなら、そんな場所は行っちゃいけないよ」


 ひまりは僕の言葉を受けて、ゆっくりと顔を上げた。

 何か吹っ切れたような、決心したような表情を見せた。


「やっぱり……修くんと来れてよかった。ありがとっ、修くん!」


 ひまりがニコッとした。

 いつもの可愛い笑顔。

 それは作り笑いだったのか、心からの笑顔だったのか。

 僕には分からなかったけど、少しでも心が晴れて欲しい。僕はそう願っていた。


「もしつらかったら、すぐに言ってね?」


「うんっ!」


「行こう?」


 僕は右手を差し出し、ひまりはその手を取る。

 二人で手を繋ぎながら、会場へ向かった。


 *****


 フェスの会場はスイーツでは珍しく野外で行われ、自然の木々に囲まれたとても豊かな場所だった。

 だけど今日は多くの人でごった返している。

 きっと普段だったら、もの凄い穏やかで落ち着ける場所なんだろう。


 設営されたテントでスタッフさんに食べ放題チケットを渡し、リストバンドと引き換える。

 なにやらこの食べ放題チケットはVIPチケットで非売品らしい。スタッフさんの対応がやけに親切だったのはたぶん気のせいじゃないと思う。


 なんでお姉ちゃんはこんな物2枚も持ってたんだろう……。


「修くん、着けて?」


「うん」


 ひまりが左手を差し出してきた。

 僕はその腕にリストバンドを巻いて固定する。

 これくらいで大丈夫かな。


「キツくない?」


「うんっ! 今度は私が付けてあげるね」


 僕の右手を取って同じようにリストバンドを装着してもらった。

 ここでちょっとした疑問が湧く。


「何でひまりは左手で、僕は右手なの?」


「え? だって、手を繋いだ時に同じものを付けてる方が繋がってる感じが増すでしょ?」


「そうかな……」


 時々出るひまり論。

 やっぱり僕には……よく分からない。

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