第34話「憧れのお姉様」※美里

 日曜日の午前11時──私はお姉様の家を訪れていた。

 遥にはいま横峯くんのことにだけ集中してもらう必要があるから、今日お姉様と会うことは伝えてない。


「修司くんはもう出掛けました?」


「ええ、それで話っていうのは修のことかしら」


「はい」


 私はこの間、遥と話したときに考えていたことをお姉様に伝えることにした。

 他にも気になることがいくつかある。


「お姉様は、修司くんの病気を直す目処が立っているんじゃないですか?」


 お姉様からはすぐに返答がない。少しだけ視線を逸らしていた。私はその言葉を待つ。

 まるで観念したかのように、答えが返ってくる。


「……えぇ、あなたは鋭いわね」


「いえ、お姉様ほどじゃないです。なんで治さないのかも想像が付きますので、言わなくていいです」


「助かるわ」


 私の推測は当たっていたようだ。

 あのお姉様が何も考えずに、4年も手をこまねいてるはずがないと思った。

 ただしこれからの予定を少しだけでも把握しておきたいところ。


「これからどうするつもりですか?」


「修にはいま、支えが必要なのよ。だから時期を待ってるわ」


 その一言でなんとなく、お姉様の狙いが見えた気がする。

 私はあの子たちの名前を口にする。


「それは遥のことですか? それとも……ひまりのことですか?」


「半分正解で半分ハズレってとこかしらね。美里はひまりのこと、どれくらい知ってるかしら」


 2つ出した名前の片方が正解なのかと思ったけど、そう単純な話でもなさそう。


 まるでお姉様はひまりの何かを知ってるかのような話の切り出し方だ。


「そうですね。まだ付き合いが短いので、何が好きとか何が嫌いとか、そういった他愛もない普通のことくらいですかね」


「これはデリケートな問題だから、ひまりには一切問いただすことはしないでちょうだいね。修がこんな状況だから、少しひまりのことを調べたのよ。詳しいことは言えないけど、ひまりにはいま、修が必要だと思ったわ。そしていずれ修にもね」


 ひまりの過去に何かがある。

 普段の明朗快活めいろうかいかつなイメージからは想像がつかない。

 ひまりが横峯くんに求めるものか……いずれにしても口ぶりからして、ひまりの手助けをしたいように思える。お姉様らしい。


「……そうですか。相変わらずお姉様は修司くんを大切にしてくれる子には甘いですね」


「さあ、何のことかしらね」


 すまし顔をするお姉様。

 素直じゃないところは、普通の女の子のようで可愛らしくもある。

 そんな私の考えを見抜いて反撃するかのように、お姉様はいじわるなことを言う。


「あなたはいいの?」


「……何のことですか?」


「あら、私が気づいてないとでも?」


「……本当、お姉様にはかないませんね」


 ほんと、敵わないなぁ。

 誰にも言ってないのに、全てを知り尽くしてるかのよう。

 だから詳しいことなんて改まって話す意味がないから、動機だけを語った。


「私には、そんな資格はないんですよ」


「子供の頃のことでしょ? 気にし過ぎじゃないかしら」


「そうかもしれないですね。でもこの罪悪感は私から一生消えることはないと思います。例え修司くんが許したとしても……」


「……そう」


「でも……おかげで大切なものが2つもできました。修司くんのおかげです」


「それなら、今度はあなたが修に与えてあげればいいんじゃない?」


「それでは片方が欠けてしまうんです。遥は私にとって一番大好きな女の子です。そしてそれと同じくらい……修司くんは一番大好きな男の子です。そんな2人が幸せになるのは、私にとって一番幸せなんですよ」


「……もったいないわね。私としては今はあなたが修の側にいてくれるのが、一番安心なんだけどね」


「それは今は・・ですよね?」


 お姉様は何も言わず微笑んだ。

 相変わらず笑ったお姉様は美しい……。

 もうこのことには触れる必要がないと判断したお姉様は話題を変えた。


「遥はどんな感じかしら」


「相変わらず沈んだり舞い上がったりしてますね。ただひまりに告げたこともあって、前向きにはなってる気がします」


「そう」


 ここで私は核心に迫る。

 さっきひまりの話題のときに発したことが、どういう結果を見てのことだったのか探るために。


「お姉様は、遥とひまりのどっちがふさわしいと思ってますか?」


 この問いにお姉様は即答した。

 まるであらかじめ答えを用意していたかのようだ。


「私が口にしていいことじゃないわね。言霊ことだまになりそうだもの。それは修が自分で決めることね」


「……そうですね。お姉様が言ったらその通りになってしまいそうです」


「修のこと、これからもよろしくね。時期が来たらあなたに話すわ」


「わかりました」


 とりあえずは遥のこと、引き続きサポートしていこう。

 それがいずれ横峯くんのためにもなる。

 話が終わったから帰ろうと思ってると、お姉様から嬉しいお誘いがあった。


「これから何か用事は?」


「いえ、特には」


「ならお昼食べていきなさい。何が食べたい?」


「ラザニアが食べたいです! あとデザートはパンケーキで」


「分かったわ。座って待ってなさい」


 お姉様の作った料理は調理時間、盛り付け、味、香り、どれもとてつもなかった。

 普通にお店が開けるほどに。


 今日お姉様と話して改めて感じた。

 強くて、優しくて、横峯くんを護れる力がある。

 やっぱり私にとって、お姉様は憧れの存在だ。

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