第35話「ペロペロ」

 日曜日の午前10時──僕は自室の内扉の張り紙を眺めていた。


 お姉ちゃんの字で『メッセージアプリを確認』とだけ書かれている。

 僕はその指示に従ってスマホのメッセージアプリを確認する。とりあえずトーク画面一覧上部の“はるか”をタップしてみた。


 この連絡先は名前の通り遥のだ。

 特にこっちからお願いしたわけじゃないのに、神谷さんに言われて連絡先を交換することになった。


 男の子には絶対に連絡先を教えないらしいのに、大丈夫なのかな?

 もしかして僕のことは男の子として見てないとか……。


 昨日やり取りした内容が書かれているけど、さっきまですっかり忘れてた。

 どうやら遥が今日、僕を“いいところ”に連れて行ってくれるそうだ。


 着くまでは内緒みたい。

 僕がヒントちょうだいって言ったら『修ちゃんがドキドキして、いい気持ちになるところ』とだけ返信が来てた。


 最近は遥と話すことが増えた。

 遥のことをうまく思い出せなくなってる僕としては、こうやって誘ってくれるのはありがたい。


 とりあえず身支度を整えていると、家のチャイムが鳴る。

 確認しに行こうかと思ったら、1階にはお姉ちゃんがいたらしく出てくれたみたい。

 すると2階にあがる足音が。


 ドアが軽く2回、コンコンとノックされる。


「はーい、どうぞ?」


 ゆっくりと扉が開かれて現れたのは、私服姿の遥だった。

 普段と違うのは制服じゃないというだけで、容姿はいつも通りナチュラルだ。


「おはよう、修ちゃん……お部屋、入ってもいい?」


「おはよう、遥。いいよ」


 遥は少し戸惑いながら、部屋に足を踏み入れる。ちょっと様子がおかしい。


「どうしたの?」


「修ちゃんのお部屋、久しぶりだから……なんか緊張しちゃって……」


「そうだっけ? あんまり面白いものないけどね」


 遥はベッドの足元のほうに腰掛けると、僕の部屋をキョロキョロと見渡していた。

 出掛ける時間を言われてなかったから、確認だけしとく。


「まだ出ない?」


「うん、あと20分くらいしたら行こうね」


「そしたら飲み物とお菓子持ってくるよ」


「うん、ありがとう」


 僕は1階に降りて取りに向かうと、既にお姉ちゃんが器に乗せて用意してくれていた。


 それを持って2階にあがる。

 部屋に遥がいるけど、自室だしノックなんてせずにドアを開けた。


 バッ!


 遥が勢いよく顔を上げた姿が一瞬だけ見えた。さっきまでベッドの足元のほうに腰掛けてたのに、なぜか枕元のほうに移動している。


「どうしたの?」


「な、な、なんでもない……」


 そう言ってる遥の顔は、今にも火が出そうなほど真っ赤になっていた。


 持ってきた飲み物をテーブルの中央に置く。

 2つのグラスにはオレンジジュースとアップルジュースが注がれていた。


 遥はベッドから降りて僕の対面に腰を下ろすと、当然のようにアップルジュースを引き寄せる。

 まるで僕がオレンジジュースが好きなのを知ってるかのように。


 持ってきたお菓子かごに手を突っ込み、どれを食べようかゴソゴソと漁っていると気になるお菓子が出てきた。


「あ、遥はこのチョコ好きだったよね?」


「〜っ!? 覚えててくれたの!?」


「え? うん、はいどうぞ」


「あ、ありがとう……」

 

 遥は驚きの顔を見せたあと、頬を緩ませた。

 しかしどうしてだろう。

 最近、遥の笑顔を見ると一瞬モヤモヤとするのは。


 僕も同じものを食べようと個包装された袋からチョコを取り出すと、遥は少し気を落としながら訊いてくる。


「ね? 修ちゃんって……ひまりちゃんに……あーん……したの?」


「え? うん……」


 昨日のことは誰にも話してないのに、なんで遥はそのことを知ってるんだろう。

 そう思ってると遥がもじもじしながらお願いしてくる。


「わ……わたしも……あ、あ、あーんして……欲しい……だめ?」


「うん、別にいいけど……」


 ひまりといい、遥といい、どうしてそんなにあーんがしたいんだろう。恥ずかしいだけなのに……。


 僕はチョコの両端を親指と人差し指でつまみ、遥の口へ運ぶ。


「あ……あ〜」


 少しチョコの先端を咥えさせるように持っていこうとした。


 パクッ


「ん?」


 チョコは確かに遥の口の中へ収まった。だけど僕の指先は見えない。


 なぜなら指ごと咥えられた・・・・・・・・からだ。


 第一関節には遥の柔らかな唇の感触、指先には湿気を帯びた温もりが伝わってくる。


 そのまま遥は僕のほうを上目遣いで見ながら静止する。


 指先にヌルッとした感覚が伝わってくると同時に、遥が顔を動かしてちゅぱっと指が引き抜かれた。


「お……おいしい……」


「う……うん……」


 僕の耳が熱い。

 一体これはなんだろう……。


 手を引っ込めようとすると、遥に両手でガシッと手首を掴まれる。


「しゅ、しゅ、修ちゃん……指にチョコ……付いてる……」


 僕が素手で長くチョコを持ってたから、体温で溶けて指に付着したのだろう。

 テーブルにティッシュがあるから大丈夫だよと言う暇もなかった。


 ペロッ


 遥は僕の指を舐め出した。付いたチョコを舌で絡めとる。


 ペロペロ、レロレロ、チロチロ


 一体僕は、何をされているんだ……頭が真っ白になりそう──


 そのあとは遥がティッシュを取って僕の指を拭う。

 もはや拭き取ってるのはチョコじゃなくて唾液だった。


「き、き、きれいなったよ……」


「うん……ありがとう……」


 遥はアップルジュースを勢いよくゴクゴクあおると、空になったグラスを両手で差し出して要求してくる。


「しゅ……修ちゃん、おかわり……」


「うん……持ってくるから待ってて……」


 空のグラスを持って僕は部屋を後にした。

 僕は正常な思考ができなくなってたから、途中から遥がどんな表情をしてたのか分からなかった。


『あ゙ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』


 僕の部屋から篭った声で悲鳴のようなものが聞こえてくる。

 まるで何かに顔を押しつけて、声を押さえ込んでるかのように……。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ★後書き★


 またストック期間に入りますので、しばらく更新止まります。

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