第31話「秘密のお願い」
今日もいつものように習い事のため、おばあちゃんちに上がり込む。
平日に行くのは夕方のため、おばあちゃんは夕飯の支度をしていた。
キッチンに顔を出して挨拶をして、道着に着替えようとしたとき、おばあちゃんに呼び止められた。
「ねぇ修ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なぁに? おばあちゃん」
「今度ね? おばあちゃんのお友達が新しくパンケーキ屋さんを開店する予定なんだけどね? ターゲット層が10代から20代の女の子なんだけど、試食をお願いできないかなぁ〜って思っててね?」
「うん……でも僕は男の子だよ?」
「違うわよ〜。修ちゃんのお友達の女の子にお願いできないかなぁ〜って。出来ればお料理が得意で甘い物が好きな子だったら、具体的な感想がもらえて最高なんだけど」
「う〜ん……」
僕は身近に料理が得意で甘い物が好きな子がいるか考えた。
最初に浮かんだのは神谷さん。
でも、甘い物そんなに好きだったかな? ちょっと聞いてみないと分からなかった。
次に浮かんだのはお姉ちゃん。
そもそも友達枠ではないし、多分お姉ちゃんにも話すんだろうなと思って対象外。
最後に浮かんだのがひまり。
料理も得意で甘い物が大好き。僕が知っている限りでは、適任はひまりしかいないと思った。
「うん、1人当てはまる人がいるよ」
「ほんと? もし協力してくれそうだったら、ここに連れて来てくれない?」
そう言っておばあちゃんは住所と地図が書かれた紙を渡してきた。
「うん! 分かった」
「……修ちゃん、ちなみにどんな子?」
「え〜っとね……明るくて笑顔が可愛い子……だよ?」
おばあちゃんが何やらニヤニヤしている。
「あらそ〜、その子がね〜。うふふ……ちなみにね? 誘う時は試食のことは内緒よ?」
「え? どうして?」
「なんでも」
「うん……分かった」
何かおばあちゃんが企んでるように見えた。
とりあえずひまりが来てくれるか分からないけど、明日聞いてみよう。
道着に着替えて、僕は道場に向かった。
*****
「あれ? まだ来てないのかな?」
道場に入って辺りを見渡したけど、さかもっちゃんの姿がどこにもなかった。
一昨日は部活休みにして来るって言ってたのに……。
「修司さん、おはようございます!」
「おはよう、早乙女くん。さかもっちゃん見なかった?」
「いえ、今日はまだ見てないっすね」
「そうなんだ……どうしたんだろう」
もしかしたら今日の放課後、突然お姉ちゃんが士道くんを連れて行っちゃったけど、それと関係してるのかもしれない。
「「おはようございます!!」」
師範が入場してきた。
とりあえず集中しないと……。
*****
翌朝、教室に入って自分の席に着く。
士道くんはまだ登校してないみたいだ。
ちなみにお姉ちゃんに訊いたけど、何故か教えてくれなかった。
とりあえず、おばあちゃんに頼まれたことを先に済ませておこう。
「おはよう、ひまり」
「おはよっ! 修くん」
ひまりがニコっと笑う。その可愛い笑顔を見て、僕も自然と笑顔になってしまう。
「あのさ、ひまり」
「なに? 修くん」
「今度の土曜日って、何か用事ある?」
「ううん、特に用事はないけど……」
「ししょ……」
「ししょ?」
そういえば試食のことは内緒って言われてたんだよね。なんて言えばいいんだろ。
え〜っと、う〜んっと……。
「2人でパンケーキ食べに行かない?」
「えっ!? 修くん、それって……」
「それって?」
「……ううん、なんでもない……いいよ?」
どうしてだろう。ひまりが少しモジモジしている。普段は見せない姿だった。
「そしたら2時に駅前で待ち合わせでいいかな?」
「うんっ!」
ひまりと約束をして、おばあちゃんには連れて行けるとスマホで連絡をしておいた。
ひまりと会話をしてると、士道くんが登校してきた。何故かみんなの視線が士道くんのほうを向いている。
「おはよう、士道くん」
「うす」
僕たちがいつものように仲良く挨拶をすると、さっきまであった妙な視線は霧散していった。
一体なんだったんだろう。
「ねぇ士道くん、昨日お姉ちゃんに呼び出されて何があったの?」
「いや〜、あれだ、なんつーか、内緒だ。俺に悪いことじゃないから気にすんな」
「えぇ〜気になるよ〜」
そのあとはいくら訊いても教えてくれなかった。
これ以上訊くのも嫌われちゃうし、士道くんにとって悪いことじゃないならもういっか。
*****
土曜日──約束の日。
僕は10分前に到着してひまりを待つ。
行き交う人々をぼ〜っと眺めていると、そろそろ約束の時間。ひまりはまだかな?
辺りを見渡し、大通りに目を凝らして姿が見えるか確認していたとき──
「わ〜」
「うわ!?」
背後から突然両肩を掴まれてビックリした。
この声はひまりだ。
「ビックリさせないでよ〜」と言いながら振り返った僕は、そのあとの言葉を呑み込んでしまった。
一瞬誰だか分からなかった。
オフショルダーのワンピースに身を包み、しっかりお化粧をしていて髪型は編み込みのハーフアップ。
学校での印象とは違っていて、とっても……可愛かった。
「へ……へん……かな?」
僕が何も言わずまじまじと見ていたから、ひまりが上目遣いでそんなことを訊いてくる。
僕は恥ずかしくてごまかそうとしたけど、思ったことがそのまま口に出てしまった。
「ううん、可愛いよ……すごく……可愛い……」
「あ……ありがと……」
「……」
「……」
駅前で2人して向かい合い俯いてるその光景は、周りから見たらおかしなことになってたと思う。
さらに恥ずかしくなった僕は、ひまりの手を引いてその場から逃げるように駅に入って行った。
試食会の住所は2駅先だったけど、不意に繋いでしまったその手をどのタイミングで離していいのか分からず、結局目的地まで繋いだまま来てしまった。
いま思えば改札を通るときがベストだった気がするけど、何故かスムーズに通れてしまった。
会話がない代わりに右手から伝わってくる温もりに集中していたあまり、あっという間の移動時間だった。
試食をお願いするだけなのに、どうしてこんなことになってるんだろう……。
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