第30話「みんなでお弁当」
4限目が終わり、いつものように士道くんとお弁当を食べようとしたとき、神谷さんが僕のところにやって来た。
ひまりは神谷さんと入れ替わるように、そそくさと教室を後にする。
そんなに急いでどこに行ったんだろう。
「ねーねー横峯くん、よかったら一緒にお弁当食べない?」
「うん、いいよ。士道くんも一緒でいい?」
「もちろん」
神谷さんから誘われて僕たちは学校の中庭に向かう。
中庭には桜の木が植えられていて、まだお花見ができるようで他の生徒もちらほらと見受けられる。
既にひまりと遥がレジャーシートに並んで座り、僕たちを待っていた。
どうやら一番良さそうな木の下を確保してくれたみたいだ。
僕が空いている向かいに座ろうとしたとき、神谷さんから指示が飛ぶ。
「横峯くんはそこね」
「え? うん」
神谷さんが指差したのはひまりと遥の間。
僕は言われるがままそこに座るけど、レジャーシートが少し狭いのか、二人の体が僕に密着するような形になっている。
「両手に花ねー」
「だな〜」
神谷さんと士道くんは、僕の向かいに腰掛けながらそんな会話をしている。
距離が近いからなのか、ふわふわとした香りが漂ってくる。
ふと神谷さんのほうに目をやると、恥ずかし気もなくあぐらをかいていた。
すらりと綺麗な足にスカートが引き上げられ、僕からの角度的にいろいろとまずいことになっている。
僕は何がとは言わず、神谷さんにそれとなく伝わるように言った。
「あのー、神谷さん。見えちゃうよ?」
「いいよ? 横峯くんなら、ほらほらー」
そう言ってスカートをチラッとたくし上げてきた。
僕はその水色をしっかりと見てしまい、思わず目を逸らす。
僕も男の子だから、そういうのに興味がないと言えば嘘になる。
でも僕は次の光景を目にして思い出した。
これは僕を利用した遥への弄りだと。
「だ、だめだよ美里ちゃん! 修ちゃんを誘惑したら!」
遥があわあわと両手で必死にブロックしていた。
神谷さんはそんな遥の反応を見てしたり顔をしている。
僕としては神谷さんは可愛いから、そういうことをされるとドキっとしてしまうからやめて欲しい。
「あ、士道くんは見ちゃダメだからねー」
「ばーか、見ねーよ。俺はいま姉さんにしか興味ねーの」
「うわぁ〜、士道くんお姉様狙いなの? 無理無理、やめときなって」
「うっせ」
軽口を叩き合っている姿を見て疑問に思った。いつの間にこんな仲が良かったのか。
「あれ? 知り合いなんだっけ?」
「ああ、1年のとき同じクラスだったからな」
「そうだったんだ」
「修くん、お話もいいけど早く食べないとお昼終わっちゃうよ?」
「そうだね。食べよっか」
ひまりに促され、僕はいつものお姉ちゃんが作ってくれたお弁当箱を開ける。
「いただきます」
今日も美味しそうだ。
お姉ちゃん、いつもありがとう。
そんな僕のお弁当箱を見て、ひまりが疑問の声をあげた。
「修くんのお弁当っておっきくない? やっぱり男の子はみんなそれくらい食べるの?」
「え? 普通じゃない? ほら、士道くんだって」
「俺は部活で運動するからなぁ。帰宅部の修司は結構多いと思うぞ」
「そうなんだ。あんまり気にしたことないや」
士道くんのお弁当も僕と同じくらいの大きさだったから、これが普通だと思ってた。
そんな会話をしてようやくお弁当に箸をつけて食べ始めようとしたとき。
「ね? 修ちゃん? お料理の練習で
そう言って遥がお弁当を差し出してきた。
それはお重箱の1段、自分の分と合わせるととても食べ切れる量ではなかった。
お重箱の中を見るといろんな品が詰め込められている。
一体どれくらい練習したらこんなに品数が増えるんだろうか。
「ごめんね遥、自分のお弁当もあるからこんなに食べ切れないよ……」
「あぅ……そうだよね……」
遥が少し気を落としてしまった。
なんだかかわいそうだし、せっかくだから少しだけもらっておこう。
僕は自分のお弁当をシートに置いて、お重箱に箸を伸ばす。
「少しだけもらうよ。どれがオススメ?」
「えっとね、これと……あとこれ。修ちゃんが好きなの」
「ありがとう。じゃあ、いただきます」
僕はそれを箸でつまみ口に運ぶ。
遥は何か期待するような瞳で僕をじっと見ていた。
「うん! 美味しいね!」
「ほ、本当に!?」
「うん」
本当に美味しかった。たまたまなんだろうけど、僕の好きな味付けだった。
遥はパッと笑顔になる。自然なその表情に心に引っかかる想いがあったけど、気づいたらモヤモヤは消えていた。
もっと食べたかったけど、自分のお弁当が食べられなくなっちゃう。
程々にして、置いていたお弁当箱に視線を落とさずに左手を伸ばして掴もうとした。
だけど、おかしなことにその手は宙を泳いだ。
「あれ?」
視線を落とすと僕のお弁当がない。
辺りを見渡してもどこにもない。
ひまりは口元を手で抑えてクスクスと笑っている。
神谷さんはモグモグしながら噛みしめるように、どこかで見たことがある至福の表情を浮かべている。
士道くんを見る。
僕のお弁当をガツガツとかき込んでいた。
「……士道くん?」
「ふぁ、ふぁるいふぅーじ、ふぁたふぅいたふぅてふぅい(あ、悪い修司、また食いたくてつい)」
リスのように口いっぱいにご飯を詰め込んでいる。
何を言ってるのかよく分からなかったけど、士道くんが僕のお弁当を全て食べてしまったという事実だけは分かった。
僕のお弁当……。
「ひまり、気づいてたなら止めてよ……」
「ふふっ、だっておかしくってつい。士道くんって優しいねっ」
僕のお弁当を盗み食いするのが何で優しいになるのか。ひまり論は全く理解できなかった。
「修ちゃん、これ……食べる?」
「うん、ありがとう」
結局僕は遥が持ってきたお重箱の1段を食べることになった。
「ごくっ、はぁ〜うめ〜、姉さんの飯はやっぱ最高だったぜ」
満足な顔をしているけど、大丈夫なんだろうか。僕は知らないよ。
「ねぇ士道くん、そのお弁当どうするの?」
「え?」
士道くんはお姉ちゃんが作ったお弁当に夢中になってるあまり、自分のお弁当の存在を忘れてるようだった。
「しゅ……修司? 食べるか?」
「いらないよーだ」
「そ、そりゃないぜ修司〜ちょっとだけ協力して〜」
それから士道くんはヒーヒー言いながら、必死にお弁当を口に運んでいた。
お姉ちゃんが僕のために作ってくれたお弁当を勝手に全部食べた罰だと思った。
「あ゙あ゙ぁ〜、お姉様の卵焼き最高〜」
神谷さんが温泉に浸かったときのような声で呟いていた。
遥が作ってくれたお弁当の品はどれも美味しかった。
それはとっても、懐かしい味がした。
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