第21話「連行」

 その男はとある日の夜、自室の机である計画を立てていた。


 どうすればあいつを潰せるのか。


 俺はなかなか演技が上手いみたいだ。

 あいつは俺のことを友達として接してるみたいだが、冗談じゃない。


 俺はあの子に近づくためだけに、あいつと居るだけ。

 それだけの関係。

 あれは単なる駒に過ぎない。


 それなのにあいつの隣には俺の好きな子がいて、楽しそうに笑ってやがる。


 何とか俺のものにならないかといつも考えて、アプローチもいろいろしてきたのに、全然俺になびかなかった。


 なのにどうしてあんなパッとしない奴が。


 俺だったら腕っぷしもあるし、守ってやれるのに、あんな弱そうで頼りないやつのどこがいいんだよ。


 この間も連絡先を聞いても教えてくれなかったのに、どうしてあいつには教えてるんだよ。


 自分で言うのもなんだが、顔もなかなかイケてるし勉強もスポーツも出来る。

 この俺のどこに不満があるって言うんだ?


 あいつと比べて俺が如何いかに凄い男か、何故分からない?


 あの子にあいつは不釣り合いなんだよ。

 どうしてそんなことも分からない。


 どうしてどうしてどうして。


 あ、もう俺のものにならないなら、いっそ邪魔してやる。


 誰かに絡ませるか。

 あいつが役立たずだと分かればあの子も幻滅するだろ。


 だがあいつの裏にはヤバいやつがいる。

 露骨に手を出せば、潰されるのは確実にこの俺だ。


 あからさまに俺がやったと足が付くことは避けないとな。


 そうだ。

 だったら作り話をして、少しでも困らせてやろう。


 タイミングも重要だな。

 あいつが冷静な判断が出来ないような時に、自然な流れで話を持っていける時に決行しよう。


 計画を実行したあとは、あのヤバいのにはなるべく近寄らないようにしないとな。

 表情を読まれて怪しまれ兼ねない。

 直接会うのは絶対に避けよう。



 男はペンを取り、話の筋道を立て始める。



 あいつの大切な人の話をすれば、絶対に食いついてくるのは間違いない。


 それで嘘を吹き込んで、信じさせて、あの子をぶつければ……。


 笑いが止まらない。


 あいつの困った顔を想像するのは最高だよ。


 あいつは抜けてるところがあるからな、絶対にこの話を信じるだろう。


 リアクションもちょっとオーバーにするか。

 信憑性も増すだろ。



 そして男はノートに会話文を次々と書き綴り、性格と思考を考えながら、会話の想定集を作り続けた。



 これで完璧だ。

 例え俺が嘘を吹き込んだとバレても、この程度なら何も問題ない。


 もしもこれであいつらの関係が壊れたら、俺があの子のことは優しく介抱してやるよ。


 あのヤバいのにバレたらどうすっかな。

 まぁそん時はあのネタで脅せばどうせ何も出来やしねぇだろ。


 俺を潰せるものなら、潰してみろ。


 *****


 4月14日、月曜日の放課後。

 その日、事件は起きた。


「は〜い、ホームルーム終わり〜。お前ら気をつけて帰れよ〜」


 そう言って担任がHRの終わりを告げた直後だった。


 ガラガラガラッ


 1人の生徒が教室の前の扉から入って来た。

 まだ座っているもの、立ち上がって鞄を肩にかけて教室を出ようとするもの、友達と話しているもの。


 全員の動きが止まり、その生徒に視線を向け、教室は静寂に包まれる。


 その生徒は教室を見渡すこともなく、迷うことなく真っ直ぐと歩き始め、死神のごとき足音だけが教室に響き渡った。


 そして一番奥の窓際、横峯修司の前。


 ではなくその後ろ。


 士道拳生の前で立ち止まる。


「吉田くん、ちょっと来てもらえるかしら」


 生徒会長の横峯愛香だった。


「あ……あの……は……はい」


 そうして士道は生徒会長に連れられて教室を去って行った。

 2人が教室を出て行ってからもしばらく沈黙が続く。


 全員の頭には、先週起こったあの乱入事件のことが鮮明に回想される。


『うちの修にちょっかい出したら潰すから』


 そう、これから士道は生徒会長に消されるのだと……。


 ******


 どうしてこうなった。


 俺は混乱する頭を必死に整理する。


 俺はいま、学校の空手道場に来ている。

 目の前には空手着を身にまとった姉さんが。


 その抜群のスタイルには似つかわしくない、腰には黒帯が締められている。


 そんなはずはない。

 これはきっと何かの余興なんだ。

 そう思った俺は恐る恐る姉さんに問い出した。


「あ……姉さん、本当にやるんですか?」


「何を言っているのかしら。あなたにも言ったわよね? 修にちょっかい出したら潰すって」


「……」


 俺はその怒気のこもった声とにらみに圧倒される。


 姉さんは本気らしい。


 こうなったら俺も腹をくくることにした。


「それじゃあ始めようかしら」


 姉さんは俺から視線を外し、あいつに向き直り問いかけた。


「何で呼ばれたか分かるわよね……渋谷しぶやくん?」


 渋谷は一体何をやらかしたのか。

 俺はこの場を最後まで見届けると決めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


★後書き★


渋谷は第12話「お弁当」で話題に出てきた人です。

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