第19話「誤解」

 夕方になって外出していたお姉ちゃんが家に帰ってきた。

 僕はリビングに呼び出され、1ヶ月前の時と同様、テーブルに対面する。

 一体なんだろうか。


 お姉ちゃんは言い渋ってるかのように黙ったまま。

 室内にはアナログ時計のチクチクという音だけが響き渡っている。

 そんな空気に耐えられなくなった僕は、お姉ちゃんに問い掛けた。


「お姉ちゃんどうしたの?」


「……いい? 変な感じがしたらすぐに言うのよ?」


「変な感じ? うん、分かった」


 そうしてお姉ちゃんは鞄からある物を取り出してテーブルにそっと置いた。

 それは1ヶ月前、僕が道端に捨てて来たナニカだった。

 どうして今頃渡して来たのかな?


 変な感じっていうのはあの嫌な感覚のことだよね?

 僕は恐る恐る手に取った。


「……」


「どう?」


「うん、何ともないよ」


 お姉ちゃんは安堵あんどするように息を吐いた。


 手に取ったそれをまじまじと見る。

 花柄の模様があしらわれた包装紙でラッピングされている。


 少し破けてて、水滴で濡れたのか所々シワシワになっている。


 長方体で思ったよりも重い、ティッシュ箱くらいかと思ってたけど比べたらもっと大きかった。


 一体何が入ってるのかな?

 どうして僕はこれを怖いと思ったんだろう。


 僕の様子を見てお姉ちゃんが口を開く。


「それはね、修が遥にあげる予定だったものよ」


「遥? 掛川さんのこと?」


 お姉ちゃんが少し険しい表情をした。


「修、落ち着いてよく思い出しなさい? あなたは掛川さんじゃなくて遥って呼んでたでしょ?」


「え〜っと……」


 僕は掛川さんとの最近の会話を思い出す。

 あれ?


 最後に会話したのっていつだっけ?

 1ヶ月前くらい?

 どうしてずっと会わなくなったんだろ。


 そこでようやく気づく、確かに僕は遥って呼んでいた。

 なんでこんなこと忘れちゃったんだろう。


 何か違和感がある。

 会話の内容は分かるんだけど、顔にモヤがかかってるっていうか……あの時はどんな表情してたのかな?


 そもそもどんな人だっけ?

 とりあえず名前については思い出せたからお姉ちゃんに伝える。


「そうだったよね。僕、遥って呼んでたと思う」


「いい? 明日からは遥って言うのよ?」


「うん」


 どうして急に遥の話題を出して来たんだろ。

 そういえば一昨日もそんなことを訊かれた気がする。


「この間ひまりにも遥のこと訊かれたけど、どうしてだろ?」


「ひまり? 花菱ひまりさんのことよね」


「え? お姉ちゃん知ってるの?」


「何言ってるのよ。生徒会長なんだから全校生徒の顔と名前くらい覚えるのは当たり前じゃない」


「さ……さすがお姉ちゃん」


 僕には、というか普通は無理だと思う。

 特に僕は忘れっぽいとこあるみたいだし、そんなに覚えられないだろうな。


「どうしてそんなこと訊かれたの?」


 どうしてだろ。

 少し考えたけど答えが見つからなかった。


「分かんない」


「……まぁいいわ。話を戻すけど、あなたは遥のことが……」


 そう言ってお姉ちゃんは顎に手を当て、しばらく沈黙する。

 何か言うべきかどうか悩んでるようだった。


「……何でもないわ。とにかく、明日からは遥が話し掛けて来ると思うから、普通に接しなさい」


「え? うん、分かった」


 どうしてお姉ちゃんはそんなこと言って来るのかな?

 何か遥とあったのかな。

 この変な感じ、僕は以前にもこんなことがあった気がする。


 あれは誰だっけ……。

 僕が考え込んでるのを察してお姉ちゃんは名前を口にした。


「父さん」


「あっ……」


 そうだ。

 お父さんの時だ。

 もしかして僕は……。


「僕……遥のこと忘れちゃったってこと?」


「そうよ」


 そうなんだ。どうして僕はまた……。

 僕は……遥のことをどう思ってたのかな?

 全然思い出せないや。


「僕はどうした方がいいのかな?」


「それは修が自分で考えなさい。その代わり毎日私から遥の話題を振るから、学校であったことを話しなさい」


「……うん」


 僕はしばらく考えるのをやめると再考できなくなってしまう。

 お姉ちゃんが協力してくれるみたいだから、頑張って思い出そうと思った。


「それでちょっと訊きたいんだけど」


 お姉ちゃんが僕の目をジッと見て言った。


「ツンデレが大好きってどういうこと?」


「え!?」


 突然の質問に困惑する。

 どうしてこの流れでそんなことになるんだろうか。


 僕がうつむいて黙っているとお姉ちゃんが強い口調で言った。


「修、私の目を見なさい」


 僕は恐る恐る視線を上にあげる。

 お姉ちゃんと目が合う。


 無理だ。逆らえない。あの姉には。

 僕はあっさりと吐露とろする。


「……うん、大好きだよ?」


「どうして好きなの?」


 お姉ちゃんはすぐに問いただしてきた。

 何でそんなこと知りたいんだろ。


「どうしてって……」


 僕は思ったことをそのまま口にした。


「ツンデレって強くて優しい人のことを言うんでしょ? だから好きだよ? ツンデレ」


「……一体何を言ってるのかしら」


「え? 何って……」


「あなたまだ何か隠してるわよね? 全部白状しなさい」


 どうしよう。

 もう隠し切れないよ……。


 僕はお姉ちゃんに全てを話した。


 *****


 僕が全てを白状したあと、しばらくお姉ちゃんは黙ったまま考え込む。

 絶対に怒られると思ってたけど、そんな様子ではなかった。


 するとスマホを手に取り、何かを打ち込んでるようだった。


 どこかにメッセージでも送ってるのかな?

 スマホを置き、僕に向き直る。


「いい? 修、ツンデレってそういう意味じゃないのよ?」


「え? だって僕は確かに……」


 そんなはずはないよ。

 だって……だって。


「お母さんだってそんなようなこと言ってたよ?」


「それはどんな会話の時に聞いたの?」


 僕は再び考える。

 あれは確か誰かについて話してた時だったような気がするけど……あれ? 誰だっけ?

 ダメだ。うまく思い出せない。


 また僕が考え込んでる姿を見たお姉ちゃんは再びあの名前を口にする。


「……もしかして、父さんの話題の時じゃなかった?」


「あっ……」


 そうだ思い出した。

 あれはお母さんとそのことについて話してた時だった。


「うん。僕が入院してる時に、お父さんのことがよく思い出せなかったから、お母さんに『お父さんはどんな人?』って聞いたら『強くて優しい、ツンデレさんみたいな人』って言ってたよ」


 お姉ちゃんはまた考え込む。

 お姉ちゃんが何か言おうと口を開いた時、スマホが鳴り、それを手に取り画面を確認した。


「そういうことね」


 そう言ってまた何か打ち込むように操作したあと、再びスマホを置いた。


「母さんもちょっと勘違いしてるとこあるけど、そういう意味で言ったんじゃないから。あとは自分で調べなさい。いいわね?」


「う……うん」


 そうして話し合いが終わり、僕は自分でツンデレについて調べ始めた。

 移行型とか切替型とか一体型とか、いっぱい種類があってよく分からなかった。


 僕が思っていたツンデレとは全く違うことだけは理解出来た。

 またあとで調べよう。


 *****


 その日の夜のこと。

 いつものようにお母さんとお姉ちゃんと一緒に晩ご飯を食べた。

 僕の正面には誰も座っていない。


 お姉ちゃんがお母さんと話し始める。

 僕はそれを黙って聞いていた。


「母さんに一つ言っておきたいことがあるのだけれど」


「なぁに? 愛ちゃん」


「父さんはツンデレじゃないわよ?」


「あらそうなの? だって修ちゃんに少し変な言い方するところあったじゃない? でもお母さんと二人だけの時は『修に冷たくしちゃったかな〜』っておどおど反省してたのよ? ああいうのをツンデレさんって言うのかと思ってたわ〜」


「それは初耳ね。私から見たらあれはツンデレというよりも、ただ素直じゃないだけにしか見えなかったわ。いっつも修の前では顔がニヤけてて、デレが少しも隠し切れてなかったもの。デレしかなかったと言ってもいいんじゃないかしら」


「ん〜確かにそうかもね? でも修ちゃんがお父さんの言葉で傷つかないように、修ちゃんには『お父さんはツンデレさんだから気にしないでね〜』って言ってあげてたのよ」


「……やっぱりそういうことなのね」


「なぁに?」


「何でもないわ」


 そういえば昔、ツンデレが大好きだと誰かに言ったような気がする。

 僕は必死に思い出そうとしたけど、誰に言ったのかが全く思い出せなかった。

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