第17話「もっと好きになる」※遥

 4月13日の日曜日。

 私は修ちゃんのお姉ちゃん、愛香ちゃんとファミレスに来ていた。

 一ヶ月前、事情を話してくれると言っていた件を聞くために。

 愛香ちゃんの希望でお店の一番奥、6人席テーブルに対面するようにファミレスソファへと腰掛けた。


 少しお昼から遅い時間帯、客足はまばらで周囲のテーブルには他にお客さんはいなかった。


 店員さんがお水を持ってきてくれたところで、話が始まる。


「遥、大丈夫?」


 私の浮かない顔を心配して、愛香ちゃんが声をかけてくる。


「……うん」


 この一ヶ月間、本当に辛かった。

 愛香ちゃんに接触はしないでって言われたけど、どうしてもあの日に謝りたくて修ちゃんにメッセージを送ったけど、既読にもならなかった。


 いつも一緒に登校してたけど、修ちゃんは私の存在がないかのように一人で登校して、まるであの日がなかったかのように平然と学校生活を送っていた。


 特に2年生になってからの5日間は、地獄の日々だった。


 修ちゃんの隣にはひまりちゃんが居て、いつも楽しそうに笑ってる。


 修ちゃんがひまりちゃんを紹介しに来た時、ひまりちゃんは“修くん“って、修ちゃんは”ひまり“って、もうあんなに仲良さげに話してる。


 修ちゃんが男の子に胸ぐらを掴まれたと聞いた時、とっても心配だった。


 しかもその原因は私にあって、修ちゃんは私のことをかばって連絡先は知らないって、嘘をついて教えないでいてくれたのに、私は何も言ってあげられなかった。


 体育の自由運動の時は、ひまりちゃんとあんなに楽しそうにバドミントンをして、休憩中も仲良く座ってお話してた。


 ひまりちゃんが修ちゃんを家庭科室にお料理を食べてもらうために連れて来た時だって……。


 修ちゃんが大好きなハンバーグを一生懸命作ったけど、2人のことが気掛かりで全然集中出来なかった。


 ひまりちゃんのはとってもおいしそうに食べて、私のはおいしくなかったと言っていた。

 何もなければ、もっと上手に出来たのに……修ちゃんに喜んでもらえたのに。


 もしも……もしも私があんな失敗をしなければ、こんなことにならなかったのに……。


 もしも……もしも修ちゃんと恋人になれてたら、修ちゃんの隣に居たのは私だったのに……。


 私は自分のしてしまったことを悔み、毎晩あれを胸に抱いて枕を濡らす日々を送っていた。


「それで? あの日何があったの?」


 どっちから先に話すんだろうと思ってたけど、愛香ちゃんが先に訊いてきたから、私は事情を説明した。


「失敗しちゃったの……ツンデレ」


「……ごめん遥、言ってる意味が分からないわ。最初から説明してくれるかしら」


 そうだよね……でもやっぱり愛香ちゃんはツンデレのこと知らないんだ。


「うん。あれはね──」


 私はあの日のことを愛香ちゃんに話し出した。


 *****


 某月某日ぼうがつぼうじつ、遥は修司にある噂を耳にしたため、学校からの帰宅途中にその真相を確かめていた。



「ね? 修ちゃん?」


「ん? なに?」


 私は少し戸惑いながら、修ちゃんに問いかける。


「修ちゃんって、ツンデレが好きって聞いたんだけど……ホント?」


「うん、僕ツンデレ大好きだよ」


 知らなかった。

 あんな噂は嘘だと思ってたけど、修ちゃんはいまハッキリとツンデレが大好きって言った。


「そ……そうなんだ……」


 でも……そしたら修ちゃんは私の性格のこと、どう思ってるのかな?

 もしかしたら修ちゃんは、こんな私のことは嫌いなのかな?


 どんどん不安にさいなまれて、私はこんなことを口した。


「修ちゃん……もし私がツンデレになったらどう思う?」


「え? 遥がツンデレになってくれたら僕は嬉しいよ?」


「ホントに!? 私がツンデレになったらもっと好きになる?」


「うん!」


 パッと心が晴れやかになる。

 そうなんだ。修ちゃんがもっと私のこと……。


「じゃ……じゃあ私、頑張るね!」


「うん、頑張って! あとこの話はお姉ちゃんには内緒ね」


「? うん!」


 なんで愛香ちゃんには内緒なんだろうって一瞬考えたけど、そんな疑問を口にする暇もなく、すぐに他の気持ちでかき消される。


 私がツンデレになったら、修ちゃんは私のことをもっと好きになってくれる。頑張ってと応援もしてくれた。

 よし、じゃあさっそく今日から頑張ろう!


「あっ、修ちゃん私これから寄っていくところあるから、先に帰るね!」


「一緒に行ってもいいけど、一人で大丈夫?」


「うん! 一人がいいの」


 修ちゃんは優しいから気をつかって一緒に来てくれようとしたけど、私は断った。

 だってこんなのは絶対に見せない方がいいと思ったから。


 私は修ちゃんとわかれ、市内で一番大きい書店に向かう。

 品揃えも豊富で沢山の本で埋め尽くされている。


 ああいう本って、どこら辺にあるんだろう?

 店員さんに訊こうかと思ったけど、恥ずかしくて止めた。


 店内をくまなく探し、ようやく一冊の本を手に取る。


「やったぁ! あった!」


 思わず小さく叫んでしまった。

 近くにいたサラリーマン風の男の人に怪訝けげんな顔をされ、ちょっと恥ずかしかった。


 特にその場で中身を確かめることもなくすぐにレジを通して、はやる気持ちを抑えて家に帰った。


 玄関を開けて、お母さんにただいまを言ってから手も洗わずにすぐに自分の部屋に入る。


 鞄をドサっと置いて、制服のままベッドにダイブ。スプリングが弾み、私の体は上下に揺れる。

 

 こんなこと普段はしない。

 はしたない行動が今の高揚した気分を表していた。


 書店のロゴが刻まれた袋からさっき買ったばかりのものを取り出し、表紙を見つめた。


『気になる男を落とす! 〜ツンデレの極意〜 』


「えへへ〜」


 さっきの修ちゃんの発言を思い出して、思わず頬が緩む。

 喜びを抑えきれず、足をバタつかせた。


 少しパラパラとめくり、机から黄色のマーカーを取り出し気になるところに線を引いていく。


「え〜っと、なになに? デレるタイミングが重要? なるべくツンでフラストレーションを溜めてから、デレると効果は倍増する?」


「ただしツンが過ぎてもダメ? デレも決して安売りしてはいけない? 相手の様子をみてツンとデレの配分を見極めるべし?」


 何だか難しそう……うまく出来るかな?

 でも……修ちゃんが応援してくれたから、たまにちょっと失敗しちゃうかもしれないけど、頑張ってやってみよう!



 こうしてこの日から、遥は修司のためにツンデレを学び、修司に喜んでもらいたい一心でキャラ作りにはげむのだった。


 そしてあのホワイトデーの日、盛大にデレるタイミングに失敗した。

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